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【短編小説】青い空、青い山、青い瞳がみえる

「オレ」は、子供の頃から負けず嫌いだ。
小学校の成績もスポーツも、いつも二番だった。一番になることは、けっしてなかった。それは、いつも同級生の「トモユキ」が一番だったからだ。
 
「オレ」は、性格が悪く、太っていて、醜いブ男だった。「オレ」の家は、貧乏だ。家はいつも、汚く、汚れた臭い服しかなかった。先生も、クラスメートも、みんな「オレ」をきらっていた。

「トモユキ」は、学業成績も、スポーツも、いつも一番だ。
「オレ」は、「トモユキ」にテストもスポーツでも、いつも挑戦した。
「トモユキ」は、「オレ」と全く違う。お金持ちのお坊ちゃまだ。「トモユキ」は、性格がとても優しく、すごくハンサムで、いつも成績もスポーツも一番だった。そして学校の先生や生徒、みんなに好かれ、人気者だった。そんな「トモユキ」を、「オレ」は、うらやみ、はげしく嫉妬した。

新学期になって、小学校の生徒会長を全生徒で選ぶことになった。生徒会長として、人気者の「トモユキ」がみんなから推薦された。「トモユキ」は、仕方なく生徒会長になることを了承した。「トモユキ」は、そういうヤツなのだ。自分は、本当にやりたくない。やりたくないのに、みんなから好かれている「トモユキ」は、みんながやってほしいのだ。そこで、「トモユキ」は、しぶしぶ引き受ける。ところが、「トモユキ」が、リーダーになると、全てがうまくいくのだ。
一方、「オレ」は生徒会長になりたかったのに、みんなが反対したせいで、なれなかった。「トモユキ」が、「オレ」を副会長に推薦してくれたおかげで、ようやくなれた。そんな「トモユキ」の「オレ」への気遣いや、優しさが、ときにうれしく、ときに憎くて、憎くて、くやしくて、くやしくて、腹が立ってしょうがなかった。

サッカーのキャプテンだってそうだ。運動会のキャプテンだって。文化祭のリーダーも、いつも「トモユキ」が、リーダーに選ばれる。リーダーは、「オレ」だ。なのに、なれない。なりたくても、なれない「オレ」。なりたくないのに、引き受ける「トモユキ」
「オレ」と「トモユキ」は中学校も、高校も、大学も同じだった。そして、「トモユキ」は、いつも一番で、みんなから好かれる。
 
「トモユキ」は、大学は首席で卒業した。「オレ」は、いつものように二番で、大学は首席になれなかった。そして、みんなからいつも、きらわれていた。

どうしたら「トモユキ」みたいに、なれるんだろうか?

「オレ」は、「トモユキ」のような髪型にしたり、服装や歩き方を真似たり。表情だって、「トモユキ」のように微笑むようにした。「トモユキ」が、面白いという本を借りて読んだり、「トモユキ」が、観たいという映画は、一緒に観に行った。
 
大学を卒業後、「オレ」は東京で「トモユキ」と同じ会社に就職した。やっぱり管理職の連中や、同僚達に好かれ、いつも営業成績がトップの「トモユキ」を追いつけ、追い越せと、猛烈に仕事をした。そして、ついに、「トモユキ」をぬいて、営業成績が一番になった。会社で社長からじきじきに、表彰された。
それから「トモユキ」は突然、会社を辞めた。どうやら、故郷にもどったようだ。あの故郷へ。しみったれた、田んぼと畑と竹やぶしかない。下肥の匂いやたい肥のにおいで、いつも臭い。そして、迷信深い、年寄りしかいないつまらない、「オレ」の故郷へ。そして、「トモユキ」の故郷へ。

「トモユキ」に、「オレ」がようやく勝った・・・!
そう、思った瞬間だった。だが、「トモユキ」が突然、いなくなり、「オレ」は、なにか、心にぽっかりと穴があいたような気分になった。

それから「オレ」は、順調に出世した。会社では、営業成績は、いつもトップ。最年少で課長になり、部長に昇進した。海外に駐在員として、現地の社長として、就任し、「オレ」の拠点は、いつも売上がトップだった。これから、本社の専務になろうとしていたときだった。
そんな矢先・・・
「オレ」は、体を壊し、休養のため故郷に戻った。
ある日、小学校の同窓会の招待状を受け取った。なにか、とまどいがありつつも、他にすることもなく。同窓会に行くことにした。
 
同窓会で、「オレ」は、ひさしぶりに「トモユキ」に再会した。
「オレ」は、「トモユキ」に再会して、どういうわけか、うれしく、懐かしかった。だが、なるべくそんな感情をださないようにした。なぜなら、「トモユキ」に会うのが、とても怖かったからだ。仕事ができない、自分の今のぶざまで、みじめな姿を「トモユキ」だけには、絶対みせたくない。「トモユキ」だけには、知られたくない。見られたくなかった。きっと、「トモユキ」は「オレ」のことをバカにして、あざ笑うに違いない・・・
そう思っていた・・・
ところが、「トモユキ」は、「オレ」の体調を気遣ってくれた。そして、会社の社員の使い捨ての問題や、ノルマ至上主義の会社に対して、強い憤りを感じ、会社の方針とあわないので、退職したことを話してくれた。

「何か、ボクにできることはないか。ボクが力になれることはないか」と、親身に相談にのってくれた。今、「トモユキ」は不当解雇や、弱い立場の労働者のために、地元で評判がよく、腕のいい弁護士として活躍している。
子供の頃から、「トモユキ」に勝ちたい。「トモユキ」に追いつけ、追い越せと、死に物狂いでがんばってきた。社会人になって、今の会社に就職して、ようやく勝ったと思っていた・・・
だが・・・・
負けた、負けた・・・
負けたのは「オレ」だった。いや、「オレ」は、いつも「トモユキ」に負けていたのだ。「オレ」が、「トモユキ」に勝ったことはない。「トモユキ」には、とうていかなわない。
これからも、「オレ」は「トモユキ」に、一生、永久に負け続けるだろう。

ぬけるような青い空。その青い空と、かなたでふれあうように青い山々が目の前にひろがる。「オレ」の故郷は、こんなに美しかったのだろうか?いつから、こんなに美しい青い空だったのだろうか?ずっと前から、こんなに美しかったのだろうか?この美しさに、どうして、今まで気がつかなかったのだろう?
桜の花びらが、ハラハラと顔にまいおちてくる。みずみずしい紫のかきつばた。藤の香りがほのかにただよう。桃色のツツジが、いっせいにさきみだれている。目が痛くなるようなまぶしい萌黄色の竹林や田んぼのみずほが、風にゆれている。
空が澄んでいる・・・東京の空と全然、ちがう・・・
しろがね色の日差しは、やさしく、そしてあたたかく、やわらかい。

どんぐりのような大きな目をした「トモユキ」の瞳が、なぜか青くキラキラと、万華鏡のように輝いていた。
 「トモユキ」から意外なことをいわれた。
「ありがとう・・・」
「今まで、どんなにつらい時も、歯をくいしばって、がんばってきたのは、キミのおかげだ・・・」
「今のボクがあるのは、キミのおかげだ。本当にありがとう・・・」
目頭が熱くなってきた・・・
まずい。まずい・・ひどく、まずい・・・!
「トモユキ」の前で泣いてしまう。それだけは、絶対、いやだ。泣かないように、「オレ」はキュッと口を一文字にしめた。だが、涙腺がもろくなったのか、年のせいか、病気のせいか、はらはらと涙がこぼれてきた。
「大丈夫か・・?どこか具合が悪いのか?」と「トモユキ」はいつも優しい。
「花粉症になったんだ・・」と「オレ」。涙でくしゃくしゃになった顔をゴマ隠すように、「オレ」はおどけた声でいった。
老年にさしかかって、白髪も増え、しわやしみのある中年のおっさんになっている「オレ」達は、小学生の子供のように、無邪気に笑いころげた。
 
負けた・・「オレ」は、負けた・・しかし、これは人間の魂の勝利だ。これは、いつも一生懸命、誠実で正直で、まじめな人間の魂の勝利なのだ。そして、それはとても正しく、よいことなのだ。いや、そうあるべきなのだ。「トモユキ」が、勝つことで、今「オレ」のそばにいる、このすばらしい人間が勝つことで、勝ち続けることで、「オレ」の人生に光と希望がみえてきた。
きっと、たくさんの人々の人生に光がさしている。これからも、「オレ」が知らない、もっと多くの人間の魂や命も、救われるにちがいない。こんなすばらしい人間に、出会えて、「オレ」は、なんて幸せな人間なのだろう。なんて、幸せな人生なのだろう。
「オレ」心の底から、本当に、今は素直に信じることができるのだった。

【おしまい】

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