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月に恋する女

私はモノじゃないわ。

そう言って男という生き物に不満をぶつける彼女は、弱くて強い。彼女は、悪意に満ちた不公平な社会で生きてきた。彼女の傷を見るたびに、僕は当たり前の日常が孕む悪意と無神経さに気づき始める。

光の中で生きてきた僕は家族の温もりや恋人への愛を信じて疑わず、フランスで闇を抱えた彼女は人間の残酷さに打ちひしがれ消えていく人間の儚い美しさが真実だと言う。

泣いている人が真実だと、繊細な心が叫ぶ。

生が美しいと感じる僕と、死が美しいと感じる彼女。


そして共通するものは、人間の美しさに魅了された人間であり、それを信じて疑わない意志の強さに僕たちは惹かれあって安心感を抱いたのであった。

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彼女は巨大なトラウマと対峙していた。

彼女の中には、不安と恐怖で複雑に絡み合って石のように固くなった心があった。

誰が彼女をこんなふうにしたんだ。

いつか彼女は、死んでしまったら体は腐敗して無くなるのだから重要なのは心だと言っていた。でもあなたの傷はあなたの心を表しているし、あなたにキスする事はあなたの心にキスをするって事だよ、と言った。

僕は絡み合った釣り糸を一本ずつ丁寧に解くように彼女を愛したいと思った。
でも時に僕は、その糸を余計に絡ませたり、切ってしまいそうになった。

傷跡の膨らみを指でなぞり、それ以上深くしないように、優しくキスをした。

いつか彼女が心のなかで対峙しているものを打倒出来るように、僕は静かにそうだねと言って彼女の手を強く握りしめた。

人を信じれなくなってしまった汚れた犬だって本当は誰かに抱きしめられる日が来ることを願っているのだろう。

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