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『Egg〈神経症一族の物語〉』第2部 第一章

 東京都町田市のはずれの山と田んぼの間に、鶴川街道とつながる予定の道路がある。通称「16メーター道路」という場所だ。鶴川街道が大きくカーブして険しい山道に入る地点に接して作られたのだが、なぜかいまだ開通せず、太い丸太と鉄線でバリケードが張られている一直線の幅広の道路だ。
 バリケードの周りは人家もほとんどない。唯一あるのは「ふくちゃん」というそこに住んでいるおばあちゃんがやっている雑貨屋ぐらいのものだ。
 
 オレは高藤哲司。中学2年生だ。1学期の終業式の日、オレはお父さんに成績のことでコテンパンにされてイライラしていた。それでこの夏休みは、深夜にこっそり家を抜け出して、自転車で16メーター道路のバリケード前に友達と集合するようになった。ねらいは鶴川街道で夜な夜な走り回る暴走族だ。

「哲治、遅せえよ!」
 オレに声をかけてきたうんちんぐスタイルのリーゼントは、ド派手なピンクのTシャツに白い綿パンで決めた、同級生の川上直樹だった。
「直樹、悪い。抜け出すのに手間取って…」
「はっ、やっぱりお坊ちゃんはお母様の監視があるから大変だな!」
 お前を待ってる間にほら見ろよ、と言われて直樹の腕を見ると、蚊に喰われたあとがいくつも並んでいた。
「おう哲治、やっと来たのかあ」
と、懐中電灯片手に自転車で近づいてきたスポーツ刈りの巨体は、同じく同級生の唐沢隆だ。唐沢は野球部のキャッチャーだけど、煙草を吸ったのがバレて今は部活を休まさせられている。
「悪い、唐沢。妹に見つかっちゃって、遅れたんだ」
 唐沢は大きな顔には不釣り合いな細くてきゃしゃな丸眼鏡の位置を直しながらにやりと笑った。
「ああ、あのバレエやってる、由美ちゃんだっけ? 小6だったよなあ?」
「そう。由美のやつ、お母さんに似て神経質でさあ。オレが窓を開けた音を聞いて部屋に入ってきて、『お兄ちゃん、どこ行くの? ダメじゃない!』って注意してきてさ。小学生のくせにホントに生意気だぜ…」

 とかなんとか話しているうちに、鶴川街道の向こうからパラリラパラリラ…という甲高い音と、ドオンドオンという爆音が響いてきた。
「やべえ、もう来たぞ!」
 オレ達3人は自転車にまたがると、猛烈な勢いで鶴川街道を山に向かって走った。

 オレ達は息を切らしながら急な山道を自転車で駆け上がり、一番急な下りカーブを抜けたところに広がる高台の畑に自転車を止めた。そこからなら、バイクがスピードを上げて車体を傾けながら走り抜ける様子が一番よく見えるんだ。

「来るぞ!」
 直樹が興奮して叫んだ。
 パラリラパラリラ…
 バイクの発するミュージックホーンの甲高い音がさっきより近くに聞こえ、バウンバウン!ドドドドドド!というマフラーを取っ払ったエンジンが奏でる爆音が山山にこだました。

「来たあっ!」
 唐沢がぐっと身を乗り出すのが見えた。オレもカーブをじっと見た。すると、明るいライトの光が射し、緑と黒の車体が現れた。
「ケッチだ!」
 一番バイクに詳しい直樹がオレの肩をがしっとつかんで叫んだ。
 カワサキ・KH400。並列3気筒のこのバイクは、乗りこなすのが難しいじゃじゃ馬として有名だった。
 それをリーゼントに特攻服で身を固めた暴走族がアクセル全開、目いっぱい体を傾けて乗りこなし、ものすごいスピードでカーブに突っ込んでいく。
「すっげえええ!」
 直樹が興奮して飛び上がって喜んだ。
 そしてそのすぐあとには、角棒を特攻服の背中にブッさしたバブことホンダのCB250Tが追いかける。
「はええなあ!」
 唐沢がぶるっと体を震わせた。
 それに続いて20台近くのバイクが通り過ぎていく。2ケツで金属バットを振り回しながら蛇行運転しているバイクや、バカでかい旭日旗をはためかせて走っているバイクもいる。
 オレ達が手を振ると、無視する人もいたが、中にはわざとアクセルをふかして挨拶してくれる人もいた。

「はああ、今日もカッコよかった~」
 暴走族がすべて通り過ぎて、辺りに静けさが戻ったとき、オレは地面に座り込んだ。
 直樹がうんちんぐスタイルでオレにセブンスターを差し出した。
「ほら、吸えよ」
 オレは箱から1本煙草を抜き出し、唐沢のライターで火をつけた。
 3人のつけた煙草の赤い光が、蛍のように暗闇に瞬く。
 オレは木々の隙間から見える夜空に向かって、ふうっと煙を吐き出した。

#小説  #群像劇   #神経症 #1978年


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