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『近影-或る脚本家の一葉-』


作品概要

タイトル:『近影-或る脚本家の一葉-』
 作者 :葉隠梅太郎
初演公演:『おきモノ0428』
 会場 :兎亭(東京都練馬区)
公演日時:2024年4月28日(日) 18:00
上演時間:約10分
上演人数:1名


作品本編

  開演。
  MEOP、FI。
  照明は点いていない。真っ暗な中、MEをBGMにして少年の声がする。

少年「『将来の夢。僕は将来大人になったら、脚本家になりたいです。僕はいつも夜寝る前、お母さんとお父さんと一緒にテレビドラマを見ます。その中では、主人公の人が困っている人を助けて難関も乗り越えて、カッコいいセリフで僕たちを魅了してくれます。ある時僕が、こんなカッコいい事を言えるなんて凄いなあって言ったら、お母さんが、そのセリフもストーリーも、脚本家の人が考えてるんだよって教えてくれました。僕もいつか、自分が考えた話やセリフで、誰かに感動してもらえるような…そんな脚本家になりたいです。』」

  MEOP、レベルが上がる。上がり切ったら、そのまま8秒ほどそのまま流れる。
  MEOP、FO。
  照明、FI。
  葉隠、舞台中央に板付き。右手に鉛筆、左手に原稿用紙を持っている。

葉隠「葉隠梅太郎29歳。脚本家。東京都北区在住。独身。私という人間を表すなら、それくらいで十分だろうか。高校を出てすぐ演劇の脚本を書くようになり、早10年が経過。徐々に『新人』や『若手』というくくりから外れてきている頃合いだが、その歩みはまったくもって順調とは言い難いものだった。
作品を書けども書けども、何かの賞にかする訳でもなく誰かの目にとまる訳でもない。もちろん制作自体は楽しく自分の本が演じられるのを見るのは喜ばしいものの、執筆の仕事だけでは生活もできずにアルバイトに暮れる日々。
こんな生活に、幼い頃憧れた訳ではない。…もう、辞めた方が良いのだろうか。諦めた方がいいのだろうか。私には、…私の作品には、何が足りないのか。…今日もまた、自問自答を繰り返すのみなのである。」

  葉隠、舞台中央奥に置かれた椅子に原稿用紙を立てかける。
  葉隠、上手に跳び渡る。
  葉隠、自らが過去に書いたヒーローに扮する。

ヒーロー「出たな、大魔神アクダイ・カーン!罪の無い人たちの平和な日常を壊すお前の所業を、俺は断じて許さない!(後方にいる市民に向かって)さあ皆さん、俺の後ろに!」

  ヒーロー、市民を庇うしぐさをする。
  ヒーロー、振り返り市民が不安そうな表情を浮かべていることに気付く。

ヒーロー「フッ…そんな不安そうな顔をしないでください。大丈夫、俺が来たからには皆さんには手出しさせません。ちゃんと皆さんの分まで、俺がやられますから。」

  市民、ヒーローの発言に疑問を持つ。
  ヒーロー、市民の疑問に背中越しにこたえる。

ヒーロー「え?…いやそりゃ無理でしょ、倒せるわけないじゃないですかあんな化け物。俺は人間ですよ?それもそこらの人より体が弱い、病気もしがちの。自慢じゃないですが学生時代、誰よりも保健室に入り浸っていたので、ベッドの脇に俺専用の本棚ができたくらいなんですよ?」

  ヒーロー、決め顔。

ヒーロー「そう。確かに俺は、すぐ体調を崩す弱い男だ。だがそんな俺だからこそできる戦い方もある。あえて敵にやられることで相手の征服欲を満たしてやり、その場から撃退するという戦い方が。弱くても、ビビりでも、誰でもヒーローになれるということを俺が証明してやるんダァッッッ!!!」

  ヒーロー、敵にビンタされあっけなく下手に吹っ飛ぶ。情けなく地面に這いつくばる。
  ヒーローから高校生に役チェンジ。
  高校生、友人に殴られた頬をさすりながら起き上がる。

高校生「いってえな、何するんだよ…!」

  高校生、友人に胸ぐらをつかまれる。友人に罵倒される。
  高校生、友人の手を払いのける。

高校生「うるせえな。そんなに言うなら、お前があいつを見送りに行けばいいだろ!!」

  高校生、友人の反論を聞く。

高校生「お前いつもそうだよな。自分の本当の心に蓋をして、俺をたきつけてくる。…でも、一番早紀のことが好きなのは、…お前だろ?」

  高校生、友人のリアクションを見て軽く笑みを浮かべる。

高校生「早紀だってお前の事、まんざらでもないと思うぞ。休み時間とか、クラス違うのにいつも早紀…お前んとこに話しかけに来るじゃんか。好きでもないやつにそんなことするか?」

  高校生、友人に反論される。

高校生「…え?お前が教科書を全部学校に置きっぱなしにしてるのを知ってるから、忘れ物をした時に借りに来てるだけ?」

  高校生、少し沈黙。少し考える。

高校生「で、でもさ。お前ら、休みの日に一緒に買い物行ったりするんだろ。この間カッキーがスーパーで2人を見かけたって言ってたぞ。」

  高校生、友人に反論される。

高校生「…え?たまたま夕飯の買い出しに来てた早紀に出くわして、お一人様1本の醤油を買うのに付き合わされただけ?」

  高校生、少し沈黙。少し考える。

高校生「いやいやいやでもさでもさ。お前ら部活中、たまに部室裏に2人で行って話してたりするじゃん。あれは…」

  友人、高校生のセリフを遮って反論。

高校生「後輩もいるのに遅刻したり、部室を散らかしたりしてるのを詰められてた…?」

  高校生、呆然とする。友人が何か言い、反応する。

高校生「えっ、何?…あ、『もう次は無いから』って言われた?『いい加減にしろ』って…?」

  高校生、沈黙。

高校生「俺、早紀ん所行ってくるわ。」

  高校生、上手に歩いていく。
  高校生から探偵に役チェンジ。
  探偵、澄ました顔で語る。

探偵「皆さん、改めてお集まりいただきありがとうございます。お集まりいただいたのは他でもありません。旦那さんが殺害された第1の事件、メイドさんが襲われた第2の事件、そして長男の直人さんが軟禁された第3の事件。これらを起こした犯人は、この中にいます!そしてそれを今から解明しようというわけなのです。」

  探偵、集まった面々を見回す。

探偵「カギとなるのは第1の事件、旦那さんが殺害されたその状況にありました。『死人に口なし』なんて言葉がありますが、今回は旦那さんのこの死の状況こそが、犯人の輪郭を雄弁に物語っているのです。」

  探偵、決め顔。

探偵「旦那さんの死亡推定時刻である昨夜20時半頃。皆さんがどこで何をしていたのか、改めて順番にお伺いしてもよろしいでしょうか。これを再確認すれば、おのずと犯人は分かる事でしょう。」

  探偵、自身から見て右手の人から順にアリバイを聞いていく。

探偵「ではまず、一番右の君から。…ふむふむ。では次、2番目の君。…ふむふむ。3番目。ふむふむ。ふむふむ。ふむふむ。ふむふむ。…では次、169番目。…ふむ、なるほど。」

  探偵、全員のアリバイを聞き終え、得意げな表情を浮かべる。

探偵「ふっふっふ…ふっふっふ…はっはっは…!さっぱり分からん。」

  探偵、椅子の方に近づき何気なく原稿用紙を手に取る。
  探偵から葉隠に役チェンジ。
  葉隠、原稿用紙を寂しげに見つめる。
  葉隠、下手から正面に振り返る。

葉隠「…あの頃の私が今の私を見たら、…どんな表情を浮かべるだろう。何と言うだろう。呆れ?悲嘆?…『お前らしいじゃん』と、一言笑ってはくれないだろうか。」

  葉隠、やや見上げる。苦笑を浮かべる。

葉隠「…とまあ、ここまで悲観的な事を言い並べてはきたが、私は何も現状に絶望をしている訳ではない。そもそも、『脚本家になりたい』という元来の夢は叶っているのだから。
…分かっている。これは確かに強がりかもしれない。でも、それでも、私は…いつか必ず、『私は脚本家だ』と、強く胸を張って叫んでみせるよ。」

  MEED、FI。
  葉隠、失笑ではない、確かな笑顔を浮かべる。

葉隠「…さて、新作の〆切が近いんだ。私はこの辺りで失礼する。次の主人公は…そうだな、どんな逆境にもくじけない、ヒーロー然とした…平凡な男にしようか。」

  葉隠、イスの前に客席に背を向ける形で座り、鉛筆を手に取る。原稿用紙に何やら書き始める。
  MEED、レベル上がる。
  照明、FO。
  MEED、FO。

脚本家のコメント

 まず、演劇公演『おきモノ0428』にてご観劇いただいた皆様、ここまでこの拙作をお読みいただいた皆様、そしてこれを見事に演じてくださったアメージングだいや氏ら諸兄諸姉に感謝申し上げます。まことにありがとうございました。
 この作品を書きあげることができたこと。そして、今これを書いたということ。これらは私という一書き手にとって、確かな足がかりになることでしょう。
 これを読んでくださった誰かにとっても、本作がそのような存在になれたら…こんなに嬉しいことはございません。

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