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日々のこと 24 日常の場所



引越し魔だ。
二十歳から、一人暮しを始めて何度となく引越しを繰りかえした。長くても4年、だいたいは2年ごとに引っ越すことが多かった。
同じ場所に留まって居られない。流れる川のように、常に漂っていたかった。場所に慣れてしまいたくなかった。


今の夫と暮らすようになって、初めて同じ街に長く留まるという生活をした。8年、井の頭線の少し寂れた街に住んだ。
馴染みの喫茶店や、パン屋や何故かネパール人が作るインドカレーの店や。すれ違えば挨拶をする近所の人たちまで出来て、だんだんと自分がその街の一部に成っていく感じを初めて味わった。
それは、とても不思議な感覚だった。







その街のから引越して、3年が経とうとしている。
離れたくて離れた訳ではなく、事情があって離れることになったのだけれど、もともと引越し魔だった私にとって引っ越すことはさしてダメージなどには成るまいと思っていた。
場所は、所詮場所だと。









だけど。

だけど、ただの場所だったはずの光景の端々が私の心の襞のあちらこちらに巣くっていて、今でもちくちくと存在を主張してくるのだ。


日常の場所というのは、もしかしたら今生活を営んでいる場所ではなく、心のなかにまるで雨あがりに残る水溜りのように、曖昧に、でもはっきりと記憶されてしまっている場所なのかもしれないとそんなことを考えさせられたりする。
可笑しなことだけれど。









そんな日常の場所を抱えたまま、私は再び新しい場所に居を移そうとしている。

こうやって日々を過ごしていくうちに、水溜りはいつか乾いていくのだろうか。
それはそれで、心穏やかになるようにも思えるし、とても寂しいことのような気もする。

もうしばらくは、あの街を心のなかに抱えて暮らそうと荷物をまとめながらぼんやりと思った。

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