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夢の中の住人

その人とは、数か月に一度くらいしか会うことができない。
夢の中の住人(男の子)は、夢を見ている人(女の子)のことをとても好いているらしく、そのことに彼女も気付いているようだった。
ただ彼女は、彼から想われているほどの気持ちではないよう。

数か月ぶりに再会した2人。
幾度目かの夢の中での逢瀬。
いつもと同じように、薄暗い家でお喋り。
夜明けを気にしながら。
彼は頭の隅で考えていた。
「今夜こそ、あの子を夢の中に閉じ込めてしまおう」

朝が近づき、玄関へと向かう2人。
扉の前に立った彼女に、突如彼は刃物を向けた。
どうやら、夢の中で死ぬと目を覚ますことができなくなってしまうらしい。

彼女は動じることなく、静かに彼の元へ行き「あなたが望むなら私はここに残る」と言った。
こんな風に想ってくれる人が側にいてくれるのであれば、別に現実世界を手放してもいいかもしれない。
そう思ったから。

彼は途端に力が抜け、刃物を置き、彼女の前を俯きかげんで通り過ぎ、まだ夜の気配の残る外へと出ていった。

駅までの道のり、彼が振り返ることはなかった。
その背中に手を伸ばしたけれど、届いたかどうかまでは分からずじまい。

目が覚めてからしばらく、夢と現の境目を漂っていた。
ただただどうしようもなく切なさで押しつぶされそうになる体を、必死に両手で抱きながら。

また彼に会える夜は来るのだろうか。

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