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エリンジウム(短編小説)



「そう言えば俺、大学3年の時、ミユに告ってフラれたんだよね」ショウが言った。
「へえ、そういえばそうだったっけ」

僕は電話口で適当そうに返した。

「で、これは小説のネタにするわけ?」

ショウがニヤニヤとした声色でいった。
「どうしようかな、その話、もう少し詳しく聞いてもいいかな」


僕はすごくどうでも良さそうにそう答えた。そう言いながら
も内心、ひどく動揺していた…。


僕、佐伯隼人(サエキハヤト)と電話口の石田翔(イシダショウ)はもう出会って3年にもなる仲の良い親友だ。同じ私立大学でお互い現在は4年生。


仲良くなったきっかけは覚えていないが、たまたま同じ東中野駅に住んでいたのが理由の1つかもしれない。同じ地方出身者で、同じ最寄り駅、家同士も近くて、同じ英会話サークルに所属していた。これだけあればお互い意識し合うのは時間の問題だった。しばらくして僕らは好きな邦楽か何かがきっかけですぐにうち解けた。


それから僕たちはよくお互いの家に何の用事もないのに行っては、スパイスカレーを作ったり、お互いの写真を撮ったりしていた。天気の良いときは一緒に出かけて彼の趣味である喫茶店や古書堂、古着屋を巡ったり、僕の趣味である写真展や美術館、バンドのライブに行ったりした。

時々共通の友達から二人は付き合っているなんて笑われることもあったが、お互い気にも止めず、ちょうど良い距離感で関係性を構築していた。二人とも彼女がいないのも、時間にルーズな性格も、相手に強く何かを要求しないことも、そういったなんでもないような共通点が僕たちの仲がいい理由なのかもしれなかった。


僕はこの関係がとても好きだし彼もきっとそう思っているだろう。
そんな僕たちはいつものように、こうして夜になるとどちらともなく電話をする相手でもあった。最近はこちらから電話することが多くなっていたけれど。

もちろん「ネタにするの?」なんて質問をショウがしてきたのには理由がある。
僕は最近になって突然創作活動をしたくなり、趣味で短編小説を書いているのだ。それも恋愛小説ばかり。

なぜ恋愛モノばかりなのかは、たまたま手元にある好きな作家さんの本がそうだったとしか言えないんだけど。2日に一作、10日で五作を書いた僕は自身の経験に基づく恋愛話をある程度書ききってしまったので最近はネタがなく、少しばかり困っていた。

そんな僕を見たショウが、小説の話題提供のような形で自分がミユに告白してフラれた話をしてくれた、というわけだ。

僕がひどく動揺したのは、ショウの恋愛話がフラれたという内容だから、というわけではない。

ショウがフラれた相手がミユだったからだ。
なぜ動揺したかって?
僕も当時ミユのことが好きだったのだ。偶然にも、同じ大学3年の時。


ミユとは誰だ、という人にここでミユについて述べておく。
説明するのはたやすい。
好きな異性のことなんて僕はいくらでも話せるから。

彼女はとても魅力的だった。出会ってすぐにそう感じた。
とある英会話サークルに所属していた僕とショウは、(少なくとも僕は)2年時に新しく入ってきた新1年生のミユを見て、彼女の笑顔を、その笑った時片頬にできるえくぼをとても素敵だと思った。


彼女は目が細く、よく笑う顔がチベットスナキツネのようで愛くるしかった。髪はセミロングのボブカット。よく赤い服を着てたっけ。赤いコンバースの紐を面白い結び方をしていたのが印象的だった。

彼女は非常に多趣味で、愛想がよく、先輩ウケも良かった。
例えば僕の場合、お互い持っていたカメラが同じNIKONのD5600という大学生に手が届く中型のカメラだったこともあり打ち解けた。僕も彼女も写真を撮ることが共通の趣味だった。


そんなこともあり、先輩の僕とミユはサークル終わりによくカメラや写真の構図について話をした。


ある時彼女は、詩や小説、例えば『最果タヒ』だったり『山田詠美』の本についての話題で別の先輩と盛り上がっていた。
また、古着やファッションについても関心があるらしく、普段からオシャレで、彼女のきている淡いベージュのシャツやよく着ている古着はとてもよく似合っていた。

彼女は家族と仲が良く、とても愛情たっぷりに育てられた純粋な子のように見えた。SNSでは頻繁に家族の話題を投稿していたし、僕ら先輩一人一人によく声をかけて、いろんな趣味の話題で快活に話す姿はまるで天使のようだった。

だからだろうか、僕は自分でも気づかぬうちに彼女に惹かれていた。しかしまさかショウも同じだったなんて、僕らはお互い思いもよらなかっただろう。

少なくとも僕は、思いもよらなかった。


冒頭の会話に戻るが、ショウは「俺、彼女に告ってしっかり振られたんだよね。それも留学先でさ」と続けた。
そう言えば彼女は留学していた。イタリアに1年間。
彼女は僕らと出会った英会話サークルで未熟だった英語力を先輩の力を借りながら必死に努力した、そして留学という形で立派に結果を残して見せていた。

「そういえば、今思い出したけどさ、俺、彼女のいるイタリアまで会いに行ってフラれたあと、すごいものを渡したんだよね。んでさ、少し恥ずかしくなったんだよ」
「何を渡したの」
「本と花束」


そうだ、ショウはそう言ったおしゃれなことができるやつだった。
「何の本」
「それがさ、ホントに狙っていたわけじゃないんだけどさ、その時たまたま持っていた太宰治『グッド・バイ』と、その辺で買ったエリンジウムって花なんだよね」
「グッド・バイって・・・ふられた相手に渡すのはなんだか面白いね。あとエリンジウムってどんな花なの?何か花言葉があったりするのかい」
「それがさ、俺もなんとなくいいなあ、と思って駅前で買ったんだけど、そのエリンジウム、花言葉が”秘めたる恋”って意味らしいんだよね。本当に狙ってなかったけど、すごい偶然もあるもんだよね」

僕は「それはかなり恥ずかしいなあ」と笑い声を上げながら、”秘めたる恋”、まさに僕のことじゃないか。と、ある夏の日のことを思い出していた…。 



それは、彼女がイタリア留学に行く直前の夏のことだった。
僕は大学の夏休み期間には、よく旅好きが高じて地元の大分に帰る時はヒッチハイクや青春18切符で東京から帰っていた。

その大学3年の年も僕はその道中で高校から名古屋に行った親友や関西にいる先輩と連絡を取りながら現地で会ってその土地で観光を楽しんでいた。
そういったことを大学1年の時からやり始めて、ある程度西日本の日本海側を巡った僕は今年の夏は反対側の四国に入ろう。と決めていた。

そして偶然なことに、彼女、ミユの地元も四国だった。SNSを見たところ夏休みで彼女は地元に帰省しているらしい。僕は若干緊張しながらメッセージを送った。

『今、西日本を旅行していて、明日か明後日に四国の方に行くんだけど、よかったら地元を案内してくれませんか』
『先輩、久しぶりです。もちろん良いですよ、是非きてください、案内します!!』

彼女は快く返事をしてくれた。
僕は彼女との初めてのデート?の前日に緊張しながら、お世話になっている大阪の先輩の家で丁寧に髪を洗った。

ミユとの地元デートの日はすぐにやってきた。駅前でおっきなリュックをパンパンにした僕の前にきたのはいつ見てもえくぼが素敵な彼女だった。
地元だからなのかいつもよりリラックスした表情に見える。今日もお似合いの淡いベージュのシャツを着ていた。僕は指示されるまま駅のコインロッカーに荷物を預けて最低限の荷物とカメラを取り出した。

「今日は楽しんでいってくださいね、よろしくおねがいします」
そう言ってはにかむ彼女の片頬にあるえくぼを僕は見つめていた。

彼女とのデートは午前中、駅から近くて周りの山々が一望できるお城から始まった。お城から見渡す城下町とそびえ立つ山々は都会にはない自然を感じさせた。

昼には風情のある城下町のカフェでお昼ご飯を食べた。
ミユがおすすめする特産品のデザートに僕は舌鼓を打った。

午後からは海が近くて綺麗な駅に行った。小さな駅だが、たくさんのカメラを持った観光客がいて、僕らもその中に加わってたくさん写真を撮った。

その後、人混みに疲れたので戻ってきてから夕日の見える海岸沿いを二人で歩いた。

「やっぱ海はいいよなあ」
なんて、当たり前のことを言いながら僕は常に彼女のことで頭がいっぱいだった。
デートは大変充実していた。一人で調べても気づきもしないような場所を次から次に紹介してくれる彼女はとても頼もしかったし、案内も上手で1つ1つの観光地を僕らはすっかり楽しんだ。

もちろん、カメラが趣味の二人なのでいく先々で写真をパシャパシャ撮りまくった。彼女は写真をとるのが本当に好きらしく構図やアングルを考えながら体を前後左右に動かす姿は見ていてとてもかわいらしかった。

僕は彼女の写真が欲しくてカメラのファインダーを向けると、
「私なんかとってもしょうがないですよ」と
照れて顔を隠す彼女を、しかし僕は何枚も撮り続けた。
通りすがりの人に頼んで(おそらく僕らはカップルに見えていただろう)ツーショットも撮ってもらった。
ツーショットにも照れる彼女を横目に、僕は自分がつくづく彼女に惚れているな、と感じた。

そうして日が暮れてきた頃、僕らは小さめのかわいい電車に揺られながら隣同士に詰めて座り、今日の感想を言い合っていた。

「今日どうでした、私、うまく案内できましたか」
「最高だったよ、来てよかったし、案内をミユに頼んでよかったよ」
「ほんとですか、よかったあ、こう見えてちょっと準備したんですよ」
「さすが、おかげでいい写真もたくさん撮れたよ」

僕は自分のカメラを今日撮った画像が見えるモードにして、

「見て、この写真、すごく素敵じゃない」

彼女はその画像を近づいて覗き込むように見て、
「うわあ、きれい。先輩ってやっぱりカメラ上手ですね」
その瞬間、僕の胸は高鳴っていた。

夜は地元では有名だけど高すぎない、雰囲気のいい店に案内され、名物の美味しい鯛めしを食べた。彼女と過ごす貴重で幸せな時間はもう終わりに近づいている。その時僕はそう感じた。そして、ひどく寂しく思った。
これはもう彼女のことが完全に好きだな。僕は自分の好意を強く意識してしまっていた。

でも彼女は僕のことをどう思っているんだろう。ふと疑問に感じる。
こうして一日案内してくれた時点で嫌われてはいないだろう。
でも彼女はいろんな先輩に、みんなに平等に優しい、という感じでもある気がする。


僕は悩んだ。告白しようか、どうしようか。

「明日は友達と用事があるので、先輩と会えるのは今日で最後ですね、また東京で」そう言う彼女はどこか寂しそうに見えた。
え、これミユは僕に好意あるの、ないの。どっちなの。しかしそんなことは聞けずに、僕は地元名物の鯛めしを締めのお茶漬けで食べ終えた。鯛めしは身が引き締まっていて大変美味しかったが、告白のことを考え出してからは、なんの味もしなかった。


その日の夜、丁寧に見送ってもらい僕らは別れた。
近くのビジネスホテルについてベッドに寝転びながら僕はいまだに迷っていた。
告白するか、しまいか。この先輩後輩の関係を壊すか、壊さないか。
結局のところ彼女の本心が分からない。彼女の優しさの本当のところがわからない。

そう思いながら、僕は彼女の笑顔の画像をカメラからスマホに移行させていた。
もしかしたら今日行った海で彼女へ告白してもよかったなあ、僕は彼女への写真を見ながら、少し後悔していた。


………よし。


今言わなきゃ後悔する気がする。でも勇気が出ない。でも好きだ。この気持ちは本物だ。僕は自分に言い聞かせた。
よし、告白しよう。とりあえずLINEで!
結局僕が決めたのはひどく情けない結論だった。今思うとそれが精一杯だったようにも感じる。

『ミユ、こんばんは。今日は1日観光案内してくれてありがとう。おかげですごく楽しかったよ。素敵な写真もたくさん撮れた。君といる時間は僕にとってとても幸せだった。僕はそう思ったよ。僕と恋人になってくれないか。僕と付き合ってくれないか』

こんな感じの文章を考えて、書き直して。やっぱり電話がいいだろうか。悩んで。
スマホで「告白 直接 」でググってみたりして。そうして悩むこと1時間弱。
懸命に考えて書いた文章を見返しながら、僕はやっぱりその文面を送れなかった。その文章で困惑する彼女が見たくない、なんてわけではない。
単純に勇気がなかった。



そんなことを思い出して、あの頃は若かったなあ。なんて勝手に感傷的になっているうちにショウはミユとのしたデートの話をしていた。二人が喫茶店に行ったり、美術館に行ったり、の話だ。


僕はそれを聞きながら、ミユとショウの関係は僕よりもっと近しいものだった、と感じた。
二人のデートの中で印象的だったのが、彼らはお互いカメラを持っていながら一枚もお互いの写真を撮らなかったそうだ。
ショウは彼女が向こうから離れようと思えば離れられる距離、で常に接していて、彼女の優しさに踏み入って強引に距離を詰めたりはしなかったらしい。

そう言われて僕はミユと二人の時に写真をバシャバシャと撮った自分の浅はかさを恥じた。

そして彼とミユの関係を、お互い距離が離れすぎず、それでもくっつかず、恋人なんて安易な言葉で言い表せない二人の関係を、とても尊いものだと素直に感じた。

それにしてもショウと僕は相当気が合うようだ。まさか同じ女の子を好きになるなんて。僕は思わず笑いそうになりながら電話を続けた、
そしてこの僕らのやりとりを小説にしたいと思った。もしかしたら下世話かもしれない。


それでもショウは、普段はそういったことを文章にしたり、何かを形にして残すことを嫌う彼が、「書いてみてもいいんじゃない。俺の恋をハヤトに書かれるのならいいよ」と言ってくれた。
「そうだね、書いてみようかな」

それから、僕は、ミユへの二人の恋を書くことにした。彼の話メインではなく僕の恋の話をメインで。
僕が電話口に聞いた心に留めておきたい彼の言葉は、彼の切なそうに、本当に彼女を想う気持ちは、形には残さずに、僕の心の中にだけ刻んで。

あと、ショウには僕から彼女への秘めたる恋心は内緒でね。

エリンジウム。秘めたる恋。僕のミユへの恋心。


そして、僕とは違う彼らの本当の恋に、二人の素敵な関係性に、しばらく思いを馳せたあと、キーボードを叩き始めた。



<エリンジウム おわり>

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