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縄文時代は持続可能な社会のヒントとなる!?私が縄文時代に興味を持った理由

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」

これはドイツの名宰相であるオットー・ビスマルクの言葉です。

学生時代、歴史の授業は寝るものだと思っていたので、赤点ばかり取っていた私ですが、大人になり歴史への興味は加速していきました。

と言っても、歴史の情報量は膨大な量なので、まだまだ「知ってる」と言うにはほど遠いほどです。

前職がCSV企業でSDGsのリーディングカンパニーだったこと、そして、今も企業のSDGsブランディングのサポートをさせてもらっている影響もあり、「持続可能な社会」って何だろう?と考えることが増えました。

冒頭に述べたように、これを「歴史」から学ぶのなら、いつの時代から学ぶのがいいのだろう?と考えたことがありました。

最初に思いついたのは、「縄文時代」でした。

理由は簡単で、「長く続いていたから」であります。

少しまで平成の時代でしたが、平成が約30年間。

江戸時代で約260年間。

今の天皇家が、世界で一番長く続いている皇族であり、「世界最古の王家」としてギネスに認定されているのはご存知の方も多いと思います。

紀元前660年に神武天皇が国をつくり、王朝が一度も滅びることなく続いている世界最古の国が「日本」。

今年2021年は、神武天皇が即位したとされる年から数えて2681年の皇紀2681年にあたります。

それよりも遥かに長い歴史を持つのが縄文時代。

縄文時代は約1万年ほどあったと言われております。

桁違いに長いですよね。

それだけ長い時代を続けていくには、「持続可能な社会」がそこにはあったのではないかと思うのです。

だからと言って、縄文時代のことは全然詳しくないのですが…これから調べていきたいと思ってます(笑)

過去にも縄文時代に興味を持ったことは2回ほどありました。

北海道と沖縄のルーツが一緒!?

1回目は、沖縄が大好きで毎年訪れていた時のこと。

その時に、「沖縄人と北海道人はDNAが似てるらしいよ」という話を聞いた時です。

当時は歴史の知識はゼロどころか、マイナスくらいな私でしたが、北海道育ちという事もあり、同じクラスにはアイヌの血筋を持つ人もおりました。

見た目でアイヌの人とわかる事も多く、私が憧れるお目目がパッチリ二重で、堀が深め、体毛が多く毛色が黒いといった特徴がありました。

よ~く考えてみると、沖縄にもそういう人多いよなぁ?と漠然と考えていたのがこの頃。

それでは、そのルーツが一緒だった時期っていつになるんだろう?

縄文時代?と思い、少し調べていたのが1回目に縄文時代に興味を持った時でした。

結局学び方がわからなかった私は、途中で調べるのをやめてしまいました。

「アイヌ民族支援法」(アイヌ新法)って!?

2回目に縄文時代に興味を持ったのは、アイヌについて調べていた時のことでした。

実は私の地元北海道の実家近くである白老郡白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」なる施設が出来上がりました。

元々アイヌ系の資料館ではあったのですが、少し前にかなりの予算をかけてリニューアルオープンした様子なのです。

ただし、何か”違和感”を感じるんですよね。

アイヌ新法と言い、なぜ今になったこんなに話題になってるのか?

と言うよりは、その活動のお金はどうしてるのか?という部分。

そして、アイヌは迫害されていたくらいな話も耳にするようになりました。

先ほども述べたように、私が小さい頃、同じクラスにはアイヌをご祖先として持つ子が何人かいました。

だからと言って、イジメや差別があったかと言うとNOです。

じゃあ、いつの何の権利を主張してるんだい?と考えた時に、そもそもアイヌっていつの人?縄文時代?とそこでまた縄文時代について調べるようになりました。

ちなみに、私の地元である北海道伊達市は、伊達政宗で有名な仙台藩主・伊達氏の分家である亘理伊達家が、幕末の戊辰戦争で新・政府軍が勝利した後、領地を奪われ一族流浪の民となった時に、伊達邦成公は明治政府に懇願し、家臣(250人)その家族(3000人)を連ね“蝦夷地開拓”を願い、それが受け入れられ、開拓した地です。

それまで北海道の地を開拓するのは難しいとされており、生きて帰ることができないとも思われていたようです。

後に伊達邦成公は、開拓の功により、勲四等を叙勲され、男爵に叙せられております。

この時の伊達邦成公の家臣とその家族が、私のご先祖であります。

開拓者名簿にも、ご先祖様の名前が記載されております。

話が逸れましたが、この北海道開拓の際、今で言うところの室蘭に到着した伊達邦成公とその家臣は、アイヌの方々に助けられたという風に伺っております。

何と言っても厳しい寒さのある、北海道。

何もないところから開拓をスタートさせるというのは、死と隣り合わせだったと思います。

資料を読むと、伊達邦成公は新参者として「信義を旨とし礼儀を重んじること」を、家臣達に徹底したと書かれております。

それ故、大きなトラブルもなく仲良く暮らしていたという風に伺っておりました。

しかし、今になって迫害されていたという話に…?

もしかしたら、違う地域で何かあったので、それはもっと調べなければならない部分かも知れないですが、急に大きなお金が動き始めているのを見ると「利権」が絡んでるのではないかと思ってしまうところではあります。

以上、過去に2回縄文時代に興味を持ったことがあったよ~という事を書かせていただきましたが、SDGsの事もあり「持続可能な社会」を目指すためには縄文時代にヒントが隠されてるのでは?という点も踏まえると、今回で3回目の興味になります。

少しずつ、学びを深めて発信していければなぁと思っております。

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