見出し画像

「美しい」は“ハラスメント”?映画『エリザベート1878』

ごきげんよう。雨宮はなです。
今回は映画『エリザベート1878』を観ての所感です。
映画のあらすじはリンク先でご確認ください。

※また、こちらの記事はネタバレを含みますので、気にされる方は映画鑑賞後に読むことをおすすめします。


注意!伝記映画ではありません。

この映画は、エリザベートが1877年12月24日に40歳の誕生日を迎えたところからが本番です。
その後の一年間(1878年)、彼女を追う訳ですが、ここでのエピソードにおける時間経過は史実に基づいたものではありません。
彼女が大きく跳んで終わったかのように見えた人生ですが、彼女が実際に亡くなったのは1898年のことです。

私の考えですが、この映画は1878年からの20年間を12か月に割り振って表現したのでしょう。
観賞中はあまりの目まぐるしさに驚きましたが、彼女が息をつく間もなく生きていたということなのかもしれません。

「美しい」は“ハラスメント”?

映画を観た後でも「美しい」と言えるか?“シシィ”と呼べるか?

これほど「美しい」という感想が誉め言葉にならない映画は無いでしょう。
衣装、美術、役者さんも美しく整えておくからこそ、“シシィ”の苦悩と闘いの難しさが浮き彫りになります。

“シシィ”はエリザベートの愛称ですが、本編中に使われていなかったように思います。
字幕では確認できませんでした。
原語だとセリフにあるのかもしれません。
これはきっと意図的なものでしょう。

“シシィ”という呼び名は「周囲の望む美しい皇后」に向けられた愛称だからです。
私はもう、美しさや宮廷と闘っていた“エリザベート”を呼ぶのに相応しい呼び名とは思えません。

エリザベートを演じる女優:ヴィッキー・クリープスの美貌はエリザベートを演じるのに必要な大前提です。
ですが、「女優さんは美人だ」なんて映画の感想としては最悪のものであり、エリザベートへの無理解と暴力になりかねないと感じました。

美しさをほめることがハラスメントになる

マンガ『ブスといわないで』には「美人だからこその苦悩」を持つキャラクターが登場します。
エリザベートはまさしくそれを地で行く人なのではないでしょうか。

「あなたは○○で素敵だね」というのは、「○○でないと素敵じゃないね」ともとれます。

穿って見すぎ、気にしすぎ。
褒められてるんだから、素直に受け取ればいいじゃない。
褒められない人間からしたら贅沢だよ。

「美しい」は「良い」ことだというのは、個人の考えにほかなりません。
他人からしたら「良い」ことでも、本人にとて「好い」ことであるとは限らないのです。

この映画のエリザベートを観ていればわかります。
美しさを求められているを理解しているからこそ、それに応えるために努力し、自らを縛り付けてしまっている。
彼女にとって「美しい」は周囲からかけられた呪いだったのではないでしょうか。

「コルセット」と「髪」

彼女を縛る、ふたつのモチーフ

それは映画の原題にもなっている「CORSAGE(コルセット)」と「髪」です。
この二つを手放すことで、エリザベートは呼吸をすることができ、食べ物を食べられるようになります。
また、解放感から若さ・活力・穏やかさが彼女に戻ったのでしょう。
そう考えたのには理由があります。

髪は“年齢と女性性の象徴”

エリザベートの美貌の特徴のひとつに「腰まで伸びた長く、豊かな髪」があります。
これを維持するのにシャンプーだのオイルだのの開発にも勤しんだそうですが、結果的に彼女を縛るモチーフになってしまっています。
髪には霊力が宿るとも言われていますし、あれだけ力を入れて手入れをすれば蓄える力も相当だったに違いありません。

長い髪は彼女の歴史です。
つまり、年齢とほぼイコールです。
髪の毛はある程度伸びると止まりますから、そこで年齢が止まった、ととらえることもできます。
女性らしさを超えた“シシィ”らしさは彼女を縛り付け、夫を遠ざける原因の一つだったように思います。

なぜって、髪が長いころのエリザベートには「やれやれ相手してやるか」といった様子で応じる夫が、
髪を切ったあとでは夢中になってベッドインしたのですから。
彼は彼女の美しさ・女性性・魔力のどれかを恐れていたのかもしれません。

コルセットは“作られた価値観”の象徴

では、原題にもなっている「コルセット」はなんでしょう?
髪の毛と違って、“わざわざ着用し、しめつけるもの”は何を表しているのか。

それはエリザベート本人が創り上げた価値観だと考えます。
周囲に求められるものでありながら、それに応えるために彼女がつくりあげた美の基準。
それが映画内におけるコルセットだったのではないでしょうか?
作品中、エリザベートは台詞でもって「もっと強く締めて!」と命令しますが、「魅力的に髪を結わえて!」とは命令しません。
それどころか、どんどんパサついたり手入れが適当になったような演出が見受けられます。

物語の終盤になると、彼女がドレスを着ているシーンは多くありません。
しっかりドレスを着用して公務をしていると思いきや、それは影武者で、本人はパジャマ姿でタバコとヘロインでリラックスしてたりします。
部屋着やパジャマにガウンをひっかけただけの、ノー・コルセットスタイル。
それでしっかりと夕食を食べ、ケーキもじっくり味わうエリザベートを見ているとなんだかほっとします。
反対に、“シシィ”の呪いを受け継いでしまったゾフィーには同情を禁じ得ません。

髪を切り、コルセットを外して、エリザベートは初めて呼吸ができたように見えます。

終盤が黒いドレスだけな理由

映画が終盤になると、エリザベートが黒いドレスしか着用しなくなります。
これは息子のルドルフが自殺した以降、喪服しか着なかったという史実に基づいています。
ハプスブルク家の女帝:マリア・テレジアを模倣してのことでした。
ハプスブルク家について興味を持っている人なら、すぐに気づいたと思います。

まれに「黒衣の女性」と謳われますが、エリザベート・バートリと勘違いしている可能性があります。
彼女は1560年に生まれ1614年に亡くなった、ハンガリー王国の貴族です。
史上名高い連続殺人者とされ、吸血鬼伝説のモデルともなりました。
漫画『ベルサイユのばら』の外伝に「黒衣の伯爵夫人」として登場するため、混同する人もいるみたいです。
ただ、「黒衣の皇后」はエリザベート皇后のことで間違いありません。

おわりに

今回はコルセットと髪について、所感を述べました。
他にも馬、娘、精神状態など気になるところがてんこもりな作品です。
試写会で観ただけでは物足りない気がするので、もう一度鑑賞したいなと考えています。

映画『エリザベート1878』上映館はこちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?