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【試写レポ】『ミッドナイト・ファミリー』オンライン試写【16_2022】

ごきげんよう。雨宮はなです。
絶賛公開中のドキュメンタリー映画『チェチェンへようこそーゲイの粛清ー』を配給されている、MadeGood.Filmsさんにお声がけいただきました。お声掛けいただくのは初めてのことでしたので、緊張もありましたがとても嬉しく、また良い作品とのご縁をつないでいただき、たいへんありがたいことです。
※すでに公開済みの作品ですので、ネタバレありで進めます。ご了承ください。

今回鑑賞したのはメキシコのドキュメンタリー、『ミッドナイト・ファミリー』です。日本では2021年1月に劇場公開されていました。

言語にしにくいのですが、日本に生まれ育ち現在も生活する身には常に違和感がつきまといます。

映画情報

メキシコの民間救急救命事業に迫るドキュメンタリー。公共の救急車不足を背景に救急車ビジネスを営むものの、汚職警官に闇営業を取り締まる名目で賄賂を要求され追い詰められていくオチョア家族を通し、メキシコの医療事情や行政機能の停滞を浮き彫りにする。
監督は、Netflix『ラスト・チャンス』シリーズに参加しているルーク・ローレンツェン。サンダンス映画祭2019米国ドキュメンタリー・コンペティション部門撮影賞受賞。2020年1月、46分の短縮版がNHK BS1にて放映された(タイトル『真夜中の家族 ~密着 メキシコ民間救急車~』)。
(C)Family Ambulance Film LLC

ホームページより引用。81分という短めの尺でありながら、初めから終わりまでずっと何度もカルチャーショックを受け続けました。

国民性と風土に感じるカルチャーショック

メキシコ・シティの人口900万人に対して公営の救急車は45台未満しかない
ほとんどの救急医療を無許可の私営救急隊が請け負っている
オチョア家族も闇営業の救急隊として毎年何百人もの患者の搬送にあたる

これは、一番最初にテロップでアナウンスされる文章です。じっくり読ませるようにゆっくりな字幕が表示されます。ここに表されたメキシコの実情に「ああ、これがカルチャーショックっていうんだ」と思ったのを覚えています。

この映画はメキシコの医療事情や行政機能の停滞を伝えるだけでなく、日本という国の運営が非常に上手く動いていることを示しています。というのも、日本で救急車がサイレンを鳴らしながら走ってマイクアナウンスがあれば車は道を空け、歩行者は青信号であっても渡らずにいます。ですが、メキシコにはそれがない。救急車の先に病人がいようと、重症のけが人を乗せていようとおかまいなし。警察官も道路整備を手伝いません。赤の他人への正義感というものが全く感じられませんでした。救急車が走るシーンに日本の国民性や治安の良さをみました。

他にも、汚職警官がその辺にいるのが前提だったり、支払いを拒否されても強制できずに収入を得られないのが当然だったりと、観ている間ずっと「信じられない」後継を目の当たりにすることになります。

こんなにも滅茶苦茶で、これが闇営業とはいえ職業として存在している国ってどんなところなんだとWikipediaで国について調べて驚いたのは、識字率が95%以上だったことです(2018年)。
家族の中に児童がひとりいますが、彼も深夜の救急車で一緒に働いています。家族に「学校に行け」と言われても「鞄もペンも無いし、僕だってみんなと行きたい」と通学を拒否するシーンがあり、それを観て私は「あぁ、メキシコは識字率が低く就職にも難があるから、救急車の使用料を支払えない人が多いのかな」と思っていたのですが、決してそんなことはありませんでした。

日本に生まれ育った私は、「読み書きができ、義務教育で勉学を修めた人間はルールを守りモラルをもって思考・行動するものだ」と思い込んでいました。この作品でいえば、有料サービスの利用料を支払うということが、道路交通では救急車を優先させるということが日本人には当たり前の倫理観として備わっていることがほとんどでしょう。その前提が無いということと、その前提を持てない状態で生きているということにショックを隠せません。

家族という最小単位の社会に現れる国情

息子に支持され心配される、授業料も生活費も出せない父親。
17歳にして一家を取り仕切るが、うぬぼれと外見への意識が強い長男。
経済観念はおそらく一番持ち合わせている末息子。

彼らはガスが止まった家に住み、父親は娘の授業料も昼食代も渡せません。長男に「20ペソでいいから渡してやれ」と繰り返すばかり。財布を開いて中身があるのは末息子だけ。けれど、末息子は色々と理由をつけて学校に行きたがらない。そんな末息子に「言い訳すんな。お前の人生だ。全く筋が通ってねぇぞ」と長男が叱りつけますがが、彼の筋が通っているのかも危ういところです。普段は長男に馬鹿にされ支持を受けるだけですが、患者を落ち着けたり、利用者に支払いを求めて対話をできるのは父親だけです。

そんな具合に、家族の全員が全員をそれぞれ補い合って生きている様子がありありと映し出されています。また、彼らだけでなく、患者側の家族像もみえるのがこの映画の特徴でしょう

①彼氏に鼻を折られた高校生の女の子と、支払いを拒否する母親
②乳飲み子を呼吸困難・意識不明にしたシンナー中毒の父親
③4階から子供が飛び降りたと通報、救急車に同情した母親

日本にも無いとは言えないけど、あまり聞くことの多くないサンプルを集める(あえてこう表現する)には救急車はうってつけと思えました。利用者とその家族をみれば、国民性がわかるような気がしたのです。
ちなみに、シンナー中毒の父親に対して警察は「何かあったら逮捕だぞ。幼児虐待だ、ちゃんと面倒を見ろ」と声をかけますが、その場で逮捕はされませんでした。

この家族の行く末は?

お金がない時は缶詰とクラッカーで食事を分け合ったり、ガス欠になった救急車をみんなで押してガソリンスタンドまで運んだりする家族の様子も描かれます。長男が彼女と思しき女の子に電話している様子や、待機中にふざけ合う大人と子供としての姿は非常にほほえましいです。お金が入ったときに少し贅沢な外食をとったり、珍しく投稿した末息子を迎えにいくシーンは観ているこちらがよかったと胸をなでおろすほどでした。

利用者には「高すぎる」と言われる料金を設定している彼らなのに、その日の暮らしさえ危うい貧乏なのはなぜなのか。作品を観ていると何度も出てくる「払えない」「払わない」が原因なのはすぐにわかりますが、では、それは職業として成立しているといえるのでしょうか。

映画の最初の方に「仕事がなければゼロ円、働いたらマイナスだ」というような発言があります。さらに、無認可(闇営業)なばかりに警察に追われたりいいように使われることも多く、途中、急なルール追加で必要経費がかなりかかっていました。認可であれば国指定の備品が揃っていてしかるべきですが、揃えたのであれば認可するべきではないのかという疑問がわきました。

仕事が発生するかもわからず、発生したとしても回収できるかわからない。自分たちが手を尽くしても恨まれ、八つ当たりされることもあり、ギャンブルにしてもあまり良いと言えません。せめて、支払いできる人だけ選べばと私は思いましたが、彼らはそうは考えません。とにかく同業他社よりも先に現場に到着し仕事として取れるか、それだけを考えて自分たちが事故を起こしそうなほどのスピードと無茶な運転で現場に向かいます。

「なんで金を払わないんだろ?タコス屋にタダでよこせってせびるか?買い物は?同じことだろ?」
「一日休んじまおうか。俺らがいないだけでこの街は滅茶苦茶だ」

彼らが言うように私営の救急車に頼っているにも関わらず、職業として扱うには不安定すぎる、私営救急車。認可のための制度を整えるか、公営を充実させるか…少なくともどちらかの対応を急ぐべきなのはメキシコに住んでいなくてもわかることでした。

さいごに

この映画のキャッチコピーに「彼らは、ヒーローか、それとも犯罪人か。」とあります彼らの場合は生業にしているものの、環境のせいでヒーローor犯罪者の天秤にかけられる存在は”バットマン”だと私は思いました。社会のせいでそうならざるを得ないという点では”ジョーカー”ともいえるでしょう。それでも私はあえて、彼らをバットマンだと認識します。

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