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もじもじする文字②

 2023年4月1日 続き


 バカ爆走は芸歴五年目以下が出られるライブであり,毎月一日~六日まで行う.そんなバカ爆走の中でも特別な,バカ爆杯というバカ爆走に出られる組の中で一位を決めるという大会の決勝だった.去年の十月~今年の二月の間に毎月予選会があり,この上位二位が決勝に出ることができて,三,四位が三月の敗者復活戦に出られた.そして,敗者復活戦では一組だけが復活できるのであった.

 いろはラムネは,予選会は三位通過だったので,敗者復活戦に出た.そして,そこで一位だったので,決勝戦に出ることができた.トップバッターだった.


 お昼ごろ,カラオケに集まって最終調整をした.新たに追加したボケも多くて,そのボケの部分を重点的に練習してから,細かい部分を修正していった.さすがに雑談する余裕はなく,黙々と練習に集中していた.

 カラオケで「学生証の提示お願いします」と言われて,取り出した僕の学生証には”使用期限2023年3月31日”と印字されていた.店員さんに一年間休学していたことを言おうと思ったが,真正の言い訳にしか聞こえないので,やめておいた.

 会場の新宿Fu-に着くと,マネージャーさんたちがいつもよりもバタバタしていた.そりゃそうか.どうやら去年と大きく変わったようで,生配信や審査員制度などが追加されたらしい.あんまり把握していなかった.Twitterをやっていないので,情報に疎い.決してやっていないことが格好いい,とは思っていない.

 慌ただしさと緊張感漂う楽屋.アンジャッシュの児嶋さんとは白黒-1グランプリの際に,お会いしていたが,おぎやはぎの小木さんと北陽の虻川さんにはお会いしたことがなかった.正確には,小木さんとは水曜NEXT!という番組でいろはラムネがコントのエキストラ役で参加した時にお会いしているが,それは僕の中では会った回数にカウントしていなかった.それをカウントするのは何となく悔しかった.一度テレビ局で長澤まさみさんとすれちがったことを親に自慢したが,小木さんとはこちらも芸人としてお会いしたかった.だから,今回お会いできて本当に良かった.

 御三方が揃われた時,楽屋にいた全員が緊張で変な表情を浮かべていた.ぐにゃっとした感じの表情.御三方とも服装がすごくしゅっとしていて,おしゃれだった.いろはラムネとしてご挨拶した.児嶋さんは僕らの事を覚えていてくださった.今でも,覚えてくださっているという事実に現実味がない.人力舎に入る前にテレビで繰り返し見て,憧れていた方だったから.

 色々な緊張が混じりあって,洗濯機の中でぐるぐる回っている気分だった.刻々と迫る出番が怖かった.時間を止められないかと本気で悩んだりした.


 出番前になり,二階の楽屋から一階の舞台入口まで行く.なるべくゆっくり歩いた.のっそのっそ.分かっていたけれど,やっぱり着いた.いつも出番直前に「調子はどう?」とにやにやして言ってくる柿田さんも白い顔を浮かべていた.新井さんも無言で歩き回っている.トップバッターも相まって緊張はピークへ.

 オープニングトークが始まって,舞台裏に入る.せりあがる緊張を吐き出そうと大きく深呼吸をした.全然吐き出せない.舞台裏の隙間から会場を見る.ずらりと並んだお客さん.うわぁ.失敗したらどうしよう.ウケなかったらどうしよう.半べそ状態だった.

 突如.ちゃりんちゃらりんちゃらちゃらりん.横で響く何かが落ちた音.新井さんが小道具で使うはずの指輪を落とした.舞台裏は真っ暗.もうそろそろでオープニングトークも終わり.やばい.やばい.やばい!なにしてんの,新井さん!すぐさましゃがんで,手のひらをぺたぺた床につける.まぬけな二人.ない.全然ない.横から顔を出す緊張.「失敗したらどうしよう,ウケなかったらどうしよう」.思いっきりどついてやった.そんなことより指輪だよ!と.全然ねぇぜ,指輪,おい!と.すると.新井さんが大声かの如き小声で「あった!」と言った.闇の中で微かにきらりと光る指輪.押し寄せる安堵&安堵.指輪は結構転がっていた.呑気にころころ転がっている指輪を想像すると腹ただしいが,まあ,いい.

 獅子舞を被り,指輪のセッティングを終えた時,ちょうどオープニングトークも終わった.トップバッターはいろはラムネ!袖を開けて,舞台に出る.柿田さんの横顔を見た.暗転中でも伝わる緊張.頑張ろうぜ,柿田さん.熱い言葉を心で呟き,明転した.以降,あまり記憶は残っていない.


 出番が終わってからは,ほぼ放心状態だった.今出せる全力は尽くした.完ぺきとは言えないけれど,力は使い果たした.その後,中MCで,舞台上でトークをしたが,何を話したかもよく覚えていない.あの空間にいられただけでも僕は幸せだった.

 ずっとふわついていて夢心地だった.結果は正直気になっていなかった.一応,ずっと舞台裏で,他の組のネタを聞いていた.そして,結果発表を迎えた.

 まずは上位三組の名前が呼ばれる.が,いろはラムネの名前は呼ばれなかった.急に目が覚める.全力が通じなかった.はっきりとやり切ったからこそ,ふわふわしていたことは自分でも分かっていた.だから,負けの要因は単純明快でただの力不足だ.何をふわふわしていたんだ僕は.ぐぐぐっと悔しさが立ち込めていく.

 優勝はバローズさんだった.それはすごく嬉しかった.新井さんとバローズの徳永さんがすごく仲が良いらしく,新井さんも喜んでいた.また,毎月のバカ爆走の出番が現在,八か月連続でバローズさんと一緒の日があるので,そういう縁もあって,話す機会は多い.だから,余計に嬉しかった.

 エンディングトークで小木さんが面白かったと言ってくださり,ちょっとだけ報われた気がした.いろはラムネは結果として十二組中五位だった.


 大会が終わって,すぐ家路についた.ずっと悶々としていて,濁っていた.もちろんバローズさんが優勝して嬉しかった.けれど,嬉しいって思っている時点で,勝てないんじゃないかとも思ってしまった.優勝に対してもっと悔しさを感じるべきだったんじゃないかと思った.いやでも,嬉しいのは嬉しいし,それを否定してしまうのもおかしい気がする.どうすればよかったのだろう.もしかしたら,こういう矛盾した思いを抱くこと自体は,この世界では当たり前なのかもしれない.

 潮が引いていく.悔しさだけが残っていた.全力を尽くすだけじゃあ,だめだ.尽くす事なんて当たり前であって,その上で,勝っていかなくちゃならない.

 でも,お笑いで勝つってなんだ.勝つとか負けるとか,それは僕ら側の都合であって,一番はお客さんを楽しませたかどうかだろう.勝ち負けなんか考えてお笑いをやっていたら,笑えなくなってしまうと思う.お笑いそのものの性質とそれに付随する勝ち負けという性質は相反している気がして,でもどちらも考えていかなければならないから,難しく感じる.こうだからこう,みたいに法則があるわけではなく,常に出会う事象に一から向き合っていかなければならないのだと思う.

 色々こねくり回して考えていたら,雨が降ってきた.傘はなく,とぼとぼと歩くしかなかった.完全に目が覚めていた.力不足と悔しさ.また,明日からやるしかない.

 いろはラムネは三人いるから,LINEのグループがあるのだが,新井さんから激励や鼓舞に近いメッセージが送られてきた.やはりあれだけ喜んでいた新井さんも悔しかったのだろう.


 また,来年,頑張ろうと思う.たぶん,その時もまだ,考え続けているだろうが,お笑いをやっている間はずっと何かを考えているだろう.

 そして,もっと上手に表現できるようになりたい.演技においても文章においても.僕の役割はそれだから.

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