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2023年12月29日の夢 下校路に危険が溢れている

 夢のなかで、会合が終わって階段をおりると、昇降口の開け放たれたガラス戸に面して、カラフルなベンチがずらっと何列も並んでいる。そこに紺色ブレザーの制服を来た子供たちが次々と座っていく。席はもうほとんど埋まっている。
 今は下校時間らしい。先にベンチに座っていた子が荷物をとって出口へと立ち去ると、その空いた席に後から来た子が座る。そうやって入れ替わり立ち代わり、子供たちがひっきりなしにベンチに座っては去っていく。特段そうしなければならない理由は見当たらず、誰かにそう指導されているわけでもないようなのだが、子どもたちのあいだではこれが下校時の暗黙のルールになっているらしい。
 このベンチには奇妙な噂があった。最前列、つまりガラス戸のすぐ前のベンチに座ると、二分の一の確率で椅子が便器に変わってしまい、座っていた子はお漏らしをしてしまう。さらに残り二分の一の確率で、座った子が死んでしまう。漏らすか死ぬかの二択の、恐怖のベンチなのだ。
 ……よくある話だ。音楽室の肖像画と目が合うと死んでしまうとか、決まった時間にどこそこの鏡を見ると呪われるとか、そんな与太話がどこの学校にもあっただろう。学校の怪談というやつ、そのたぐいだ。
 だから、最前列のベンチは子供たちに大人気だ。度胸試し半分、面白半分で、目立ちたい子、騒ぎたい子が競って座っていく。もちろん、誰も本当に死ぬとは思っていない。お調子者が「やべー、死ぬ―、漏らす―」などとふざけているばかりだ。
 ところが、そこに、なにやら深刻な顔をしてやって来る大人たちがいる。最前列のベンチに座っていた子が一人、大人に腕をとられて無理矢理出口へと引きずられていく。どうやら迎えに来た保護者らしいのだが、子供のほうは突然引っ立てられて、わけがわからないという顔をしている。
 暗い顔の保護者に連れて行かれる子供が数組続いた。そのあいだにもベンチに座る子は次々と流れ込んでくる。しばらく横で見ていたが、ちゃんと席取り合戦に参戦するつもりでいないと、とても座れるものではない。そうまでして座りたいとは思わないし、ルールといったってしょせん子供たちのあいだだけの遊びのようなものだ。私はベンチに座るのをあきらめ、出口へと向かう。

 下校路は二通りあり、今回はそのうちの山寄りのほうを行くことにする。途中にある民家の畑に花が咲いているのが見えたからだ。柳の木の根元に、外来種の黄色い菖蒲の花が咲きそろっている。奥のほうに紫色の丸いものがふわふわと揺れているのはなんだろう。気になるが、民家の敷地内なので立ち入るわけにはいかない。
 緩い山道をのぼったりくだったりしながら歩いていくと、堰堤のところで、男子生徒たちが騒いでいるのに出くわした。彼らは堰堤の上からトラロープを垂らして、下にいる生徒がそれを引っぱっている。上にいる生徒は、もうすこしで割れそうとか、なにやら不穏なことを言っている。いったいなにを割る気だろう。
 私も堰堤にのぼってみると、ロープは天端に埋もれて頭をのぞかせている石柱に結びつけられていた。ギリシアの古代神殿にでもあるような格式ばった柱で、数か所に大きなひびが入っている。これを引っぱって割れ目を広げ、へし折ってやろうということらしい。おいおい、危ないぞ。
 堰堤の反対側を見下ろすと、急斜面の下に、四角い貯水池がある。大きい。たぶん学校のプールより広い。水深もかなりあるらしい。藻や水草が水面を覆っているが、あいだにのぞく水は青く、意外にきれいだ。
 貯水池の対岸の壁沿いに、巨大な石造の片腕が沈められている。この腕は、なんでも古代の英雄をかたどった像の一部で、藻に隠されて見えないがそばに持物の剣も沈んでいる。この地を禍が襲う際には立ち上がってその剣で一刀両断するとかなんとか、そんな伝説があるのだ。
 学校では例の死のベンチが今にも禍を引き起こしそうな雰囲気だった。大ごとにならないうちに英雄が両断してくれないだろうか。かたわらでは不埒の男子生徒たちがロープを放って撤収に掛かっている。彼らの予想に反して、古代の石柱は子供が引っぱった程度ではびくともしなかったようだ。

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