見出し画像

NFL論文オブザイヤー2023【NFLリサーチ紹介#7】

皆さんはGoogle Scholarという学術サービスをご存知でしょうか?
これの機能を使うと、キーワードを設定してそれに関連する研究論文が出版された際に通知を受け取ることができます。最新の論文を追うために研究者にとっては必需品と言ってもいいツールで、僕は自分の研究分野のキーワードに加えて"National Football League"をキーワードに設定しています。すると大体3日に1回くらいの頻度で次のようなメールでNFL関連の新着論文をお知らせしてくれます。
今回は年末ということで、このメールで来た中で面白かった2023年出版のNFL研究論文『論文オブザイヤー (NFL Most Valuable Paper)』を選んでみたいと思います。初年度の今年は私の独断と偏見で選びますが、「私もNFL論文読んでるぞ!選考委員に加えろ!」という人がいないと思いますがいたらご連絡ください。2024年は一緒に選びましょう。

サッカーの代表戦のことを指すNational Footballと混じるのだけがやや面倒なところ



NFL論文オブザイヤー

5位 『2016に国歌斉唱で膝着いた選手、キャパニック以外も退団多め』

"The Career Consequences of Workplace Protest Participation: Theory and Evidence from the NFL “Take a Knee” Movement" Alexandra Rheinhardt, Ethan J. Poskanzer, and Forrest Briscoe. Organization Science, 2023. 1-23.

社会学的な研究です。「抗議活動に参加した社員が所属組織からどういう扱いを受けるか」を研究するのを目的として、2016年にColin Kaepernickが発端となって起きた「国歌斉唱時の膝付き運動」を取り上げています。

研究手法ESPNのデータから2016シーズンに1回でも膝を着いた選手のリストを作成し、その後のキャリア(当時の所属チームを退団するか)を調べて他の選手と比較した。また、チームの社会的運動への感受性(sensitivity)の指標を作成し関連を調べた(オーナー、GM、コーチの黒人比率と、ファンに対する「自分はリベラルだと思うか」というアンケート結果が高ければ「社会的運動への感受性が高い」とした)。
結果膝を着いた選手の方がチームをその後退団する可能性が高かったが、その度合いは所属チームの社会的運動への感受性によって大きく異なった。また、膝を着いた選手は社会的運動への感受性がより高いチームに移籍する傾向があった
感想
:面白い&納得できる結果(特に、組織の性質が影響するというところまで調べている点が)だとは思いましたが、NFLでチームを移ったり解雇される理由はサラリー、能力、チーム状況、etc…と他にも多々あるため、組織内での抗議行動の意味を追うためのモデルとしてはあまり良いとは思いませんでした。かなり制限の大きい研究です。
2016年には「ドナルド・トランプの大統領当選→翌年に膝を着いた選手を解雇しろと発言」というファクターもあったので、2020年のBlack Lifes Matterの際の運動に参加したNFL選手でも調べてみてほしいですね。同じ結果が出るとかなら、より信じやすいです。

4位 『NFLでは同地区戦でない試合の方がチケットの値段は高くなる』

"Revisiting the Impact of Divisional Affiliation on Secondary Market Ticket Prices in the National Football League" Lee, Yohan; Hyun, Moonsup; Shapiro, Stephen; and Morse, Alan. Journal of Applied Sport Management, 2023, 15,  2.

次は現地観戦に関する話。Alan Morseさんという転売チケットの値段が主な専門の研究者(普段は大体MLB)の論文です。

研究手法:8チーム(各地区から1つずつ)をランダムに選び、2019-2020シーズンの40試合のStubHub上でのチケット価格の変化(4日前〜当日)を追う。使用する座席はホーム側のベンチ裏(高級席)。
結果
同地区戦以外の試合ほどチケット価格が明らかに高かった。さらに、ビジターチームが最後に訪れてからの年数が長く、ビジターチームの現在の勝率が高いほどチケット代が高くなった
感想:目の付け所が面白いし、結果がかなり意外だったので選びました。文句があるとすれば、8チームだと偏りそうなので32チーム調べて欲しかった…。今回のデータでも33195個とかなので分析が大変なのは分かるんですが。ただ、実際49ersのチケット価格を見ているとAFCの強豪(KC, CIN, BAL)との試合のチケットは特に高かったので、この論文の結果に現れてる傾向は僕の感覚と一致してます。滅多に見られないから現地に行く、というファンは結構多いんでしょうか。これはMCさんにも聞いてみたい。

3位 『ニーブレース付けてるOLの選手は怪我が少ない』

"Prophylactic Knee Bracing in Offensive Linemen of the National Football League: A Retrospective Analysis of Usage Trends, Player Performance, and Major Knee Injury." Ackerman DR, Ptasinski AM, Edmond T, Dunleavy ML, Gallo RA. Orthopaedic Journal of Sports Medicine. 2023;11(8). (無料公開されている論文)

次は医学系の論文から。また膝の話です。2014年から2020年に200スナップ以上出場したOLの選手全員(1561人)を調べて、膝に故障予防用のブレーサー(Prophylactic Knee Bracer、下図参照)を巻いている選手(154人)と巻いていない選手(1407人)で怪我の頻度とパフォーマンスを調べました。

こんなやつです(画像引用元:https://www.braceability.com/blogs/articles/the-four-types-of-knee-braces )

研究手法:試合日のビデオをチェックしてそれぞれの選手がブレーサーを付けているか確認(大変すぎる…)してグループ分け。それぞれのグループに対し、膝の怪我の有無、それによる欠場試合数、パフォーマンス(PFFグレード)を比較。
結果:重大な膝の怪我のリスクはブレーサーを巻くことで明らかに低下(73%低下)する一方で、パフォーマンスには影響なし(両グループともPFFグレード平均が66)
感想:OLって膝の故障が非常に多いし長引く(NOのRyan Ramzyckが今日丁度IR入り、GBのDavid Bakhtiariとかも膝ですね)ので、とても実用的な研究です。また、NFLのOLのニーブレース装着率はこの10年で16.3%から5.6%に下がっているとのことで、それに対するメッセージとしても意義が深いように思いました。OLが主役の論文というのも珍しかったので文句なし。

2位 『マホームズとブリタニーのニュースへのSNSの反応を分析してみた』

'The personal is professional: exploring romantic relationship within the socioecology of an athlete brand'Nataliya Bredikhina, Katherine Sveinson, Elizabeth Taylor & Caroline Heffernan, European Sport Management Quarterly, 23:6, 1688-1707

この論文は実はツイートでも紹介したのですが、ネタ論文と思いきや読んでみて驚き。普通に面白かったです。著者がカンザス大なのはやっぱりって感じですが。

研究手法:Patrick Mahomes(アスリート)とBrittany Mathews(パートナー)に関する「1. 結婚」「2. NFL Top100でのMahomesの順位にBrittanyが文句」「3. 妊娠」という3つのESPNのニュースに対するFacebook上のコメント5115個を集計して質的に分析した。
結果:コメントは複雑で両極端であり、パートナーが「ジェンダー規範」に沿った行いをするかがアスリートへの評価を大きく左右する。現代のスポーツシーンは覇権的男性性が跋扈しており、個人のライフストーリーや恋愛関係はアスリートに対するファンの評価の重要な要素である。
感想:ちょっと噛み砕いて説明すると、結婚や妊娠のニュースではBrittanyの容姿を他のNFL選手のパートナーと比較するコメント、Gold Digger(「高級取りのMahomesを捕まえた」)的な揶揄をするコメント、アスリートの運動能力と絡めたコメント(Brittanyをスカウトとして雇うべき、子供には既に大学からオファーが来ているだろう)、NFL Top100のニュースでは「女性にはスポーツが理解できない」という系統のコメントなど、単純な「おめでとう」というコメントの少なさに対して、ポジティブなものもネガティブなものも、古い男性優位な価値観のコメントが目立ち、アスリートもパートナーもそれに基づいて評価されるという指摘がされています(ちょっと込み入った話で、内容も濃かったのでこれは別のnoteにするかも。Taylor-Travisで盛り上がった時についでに書いておけばよかった)。いずれにせよ、あまりない視点の研究で面白かったのと、日本のTwitterでも 似た傾向があるなぁと感じたので上位にします。

1位 『落ち目のスター選手の獲得はチームに良い影響をもたらす』

最後はやはり、チームの運営や強さに関わる話。組織運営における「ピア効果 (peer effect, 優れた労働者が同僚に良い影響を与えること)」について研究するために、落ち目のスター選手が移籍が移籍先のチームに与える影響について統計的に調べた研究です。

"Catching a falling star: Mobility of declining star performers, peer effects, and organizational performance in the National Football LeagueMatthew A. Barlow, William S. Hesterly, J. Cameron Verhaal. Journal of Business Research, 2023, 165, 114053.

研究手法:FA制度が導入された1993以降のQBを「スターQB(プロボウル選出3回以上)」「良いQB(プロボウル1 or 2回)」とそれ以外のQBに分け、移籍後に新チームの様々な要素がどう変わったかの相関を調べた。
結果たとえ「スターQB」の成績が低下しても、獲得によって新チームの成績は向上する(平均で1勝増加、オフェンスランキング4位上昇、同僚のプロボウル選出が0.5人増加)。
感想:データも非常に多く取っているしっかりした研究で、ピア効果についての知見も得られるということで学術的にも意味のある研究。本人の成績と関係なく周囲に影響というのは驚きでした。さらに最近Joe Flaccoを獲得したBrownsが大成功!プレーオフ進出!という時事的な理由もあって1位にしました(まぁFlaccoはプロボウルないのでこの論文の基準とは外れるんですが。この論文の条件満たすのはDerek CarrとかRussell Wilsonとかですね。確かにNOは去年7勝で既に7勝(残り2試合)なので1勝増えそう!)。来年こそAaron RodgersがNYJにどう影響をもたらすか、楽しみです。

まとめ

以上です。初めての試みでしたが結構楽しかった(研究紹介はサラリー記事の半分くらいしかインプレッションないんですけど、自分は楽しい)ので、来年も暇ならやるかもしれません。

2023は「SFとNOが両方勝ったら…」というルールを安易に設定したせいでかなり色々書くことになったのですが、多くの人に読んでいただいてとても嬉しかったです。来年もネタがあれば時々何か書こうと思うので、よろしくお願いします。

おまけ: NFLネタ論文オブザイヤー 『相手チームのロゴに目がついてると反則が減る』

おまけで、ツイートでも紹介しましたが今年"目"を最も疑った論文は圧倒的にこれです。全然良い論文ではないんですが目を引いたので『NFLネタ論文オブザイヤー』部門として紹介(ノーベル賞とイグノーベル賞、アカデミー賞とゴールデンラズベリー賞、GoTYKoTYみたいなものだと思ってもらえれば)。

そもそもwatching-eye効果すら実証された説でもないのに、それをNFLのロゴでやろうというトンデモ研究。そもそもNFLのロゴなんて横向いてるから見られてる感ないだろ…というツッコミも入らず論文の後半では「ロゴの目の面積が大きいほど反則が減る」とかやり始めて眩暈がします。

ちなみに酷い論文だなと思ってツイートしたんですが、結構本気で信じてる人がいて怖かった(僕の言葉足らずな文章が悪いのかもしれませんが)。最近は怪しい、査読が甘い論文を持ってきて陰謀論に利用したりするケースも多いので注意です。皆さん気をつけてください…という一研究者からの願いです。

おまけ:惜しくも選べなかった論文たち


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?