Michael Thomasが年俸$60MのWRになった経緯〜ロースターボーナスの役割とは?【NFLサラリー談義#5】
確かにSpotracのMichael Thomasのページを見ると、すごい額が書いています。2024年のキャップヒットは$59M。Rodgers, Mahomes, Watson, Wilson,…数あるQB陣を抑えて堂々の1位。
これを見たら驚くのも無理はありません。
Saintsの番記者ですらMichael Thomasの再構築に関しては全然わかっていない人も多いです。neworleans.footballという素晴らしいサイト(月額購読制)の、Nick Underhillさんという素晴らしい番記者さんの記事を欠かさず読み、オフシーズンの半分以上Saintsのキャップ事情について考えている暇人なら理解できる(はず)ですが、他ファンで理解するのは多分無理…というか分かってたらNOファンと認定します。
かなり上級者向けの話ですが、以下に経緯を書きます。(1)〜(5)はSaintsのGMの気持ちに、(6)はThomasの気持ちになって読んでください。
(1) 2つの前提
前提1: Michael Thomasは度重なる怪我+チーム状況のためにリリースが既定路線
2020年以来怪我が長引き、やっと復活した今年も(出た試合は大活躍でしたが)再度怪我をしたこと、来年再来年のキャップヒットが大きいことを踏まえ、SaintsはMichael Thomasのリリースを決断しました(昨年11月にIRに入れ今期絶望となった時点から言われ始めました)。
前提2: Saintsはサラリーキャップ状況が厳しい
毎年、サラリーキャップの余りの表の最下位の常連です。今年は新年度開始(3/15)までに現在$50M以上超過しているサラリーキャップをプラスにしなければいけません(去年に比べると余裕ですが、それは別の機会に書きます。解体は起こりません)。
(2) Thomasの元々の契約とデッドマネー
リリースするとなると、気になるのがデッドマネー。「支払い済み/保証済みのサラリーは戻って来ず、必ず計上される」という原則に則って、チームにいなくてもサラリーキャップに計上されます。
そこで、元々の契約を見てみましょう。元々も何もリボ払い再構築しまくってるだろ!というツッコミは無視します。今年1/7に再構築する前の契約(2020-2024の5年$96M)は残りがこちら(Workout Bonusとか、細かいのは省いています)。
今すぐ(2022終了後)カットした場合は、2023年以降のサラリーのうちSigning Bonus + Restructure分の合計約$25M(既に支払済)がデッドマネーとして計上されます。逆に、2023と2024のBase Salary 34Mは払う必要がありません。
このデッドマネーは、基本的に一括で2023年にヒットします。
(3) デッドマネーが高いので、"June 1 cut"制度を使って今年分を減らそう
しかし、Saintsのキャップ状況的にこの$25Mが2023年に全ヒットするのは避けたい。そこで「post June 1 designation」制度を使います。
Thomasの場合、6/1以降扱いにすれば、デッドマネーは2年に分割されて2023年が$11.8M、2024年が$13.8Mのヒットになります。これなら大分楽。
(この手法は引退する選手とかでもよく使います。NOでもBreesが引退した際に2年に分割しました。)
(4) June 1 cutだと、キャップヒットがきつい…
ところがこの場合、新たな問題が発生します。
Post June-1 Designationを行うためには、SaintsはThomasをリーグ新年度開始までキープしなければならず、その場合2023年度のベースサラリー$15.5Mもキャップに計上されます。
セインツは来年のサラリーキャップが$60M超過で、新年度までにはこれをゼロにする必要がありこれは辛い。
つまり、
• 早くカットしたら、2023年ヒットのデッドマネーが増える
• 遅くカットすると、新年度開始までにキャップ収支を合わせるのが大変
というジレンマに陥りました。
(5) Thomasに頼んで、契約を見直してもらおう
このジレンマを解決するため、SaintsはThomasと交渉し、契約の見直しを行いました(2023/1/7)。主な変更点は以下の3つ。
1. 来年のBase salaryを$15.5M→$1.165M(最低年俸)に減らす
これによって、来年のキャップヒットが$14M減ります。新年度開始までの帳尻を合わせやすくなりました。
見かけ上は減俸ですが、2023年シーズンWeek1から振り込まれる金額のため、その前にリリースされるThomasからするとどのみち手元には入らない金額で、減っても損はありません。
2. 追加で$0.9MをSigning Bonusとして支払い
これはSaintsからすると完全に損ですが、トーマスがこの契約見直しに応じてくれることに対するお礼のようなものです。この額で済んでいるのが、チームとThomasの関係が悪くないことを示しています。
3. 追加で$31Mを2024年のRoster Bonus(2023/3/17にフル保証)として計上
元々なかった多額のRoster Bonusを2024年(翌年)に追加しました。理由は後述します。
(6) 選手目線の問題「カットするなら早くして!」
Saints側としては、これでジレンマ解決です。あとはThomasの契約に関してはノータッチで良く、新年度になってからカットするだけ。
ところが、この契約見直しによって、Thomas側に1つ「このままだといつカットされるか分からない」と言う問題が出てきます。実は制度を使わずに本当に6/1以降にカットすることすら可能。
なぜそれが問題なのかというと、意外かもしれませんが選手からすると「カットされる場合はなるべく早くカットされたい」からです(超重要)。
ここからは、来年の契約が怪しい選手目線で見てください。
新年度が始まるとすぐFAが開始。開始直後に大物は行き先を決めます(去年のJC JacksonとかVon Millerとか思い出してください、3/14からの1週間で決まりました)。大型契約が決まるのは大体ここ。その後ドラフトを経て各チームのロースターはどんどん固まっていき、各チームのキャップスペースは単調減少します。
そんな中、6月以降にカットされたりしてしまうと、交渉できるチームは限られ、良い契約を勝ち取れる可能性は低くなります。それを避けるため、リリースされる場合は可能な限り早く出て、FA期間の初めの方で多くのチームと交渉するのが重要なのです。
(7) ロースターボーナスは、3月リリースの約束のためだった!
つまり、ThomasのFA期間の機会を増やすため、「Saintsが早い時期にリリースせざるを得なくなる理由」が必要。このために、「2024年支払いのロースターボーナス $31M」を追加しました(上記(5)の3.)。
Thomasのロースターボーナスは支払い自体は2024年ですが、2023/3/17にフル保証(この期日以降だとカットしても支払う)する条件がついています。これにより、Saintsは3/17までThomasをキープしていたら2024年に多額のサラリーが発生するため、それまでにリリースする必要性が生まれます。これでThomas側の問題も解決。おそらく、新年度開始直後の3/15か3/16にPost June-1 Cutでリリースされ、ThomasはFAの一番盛り上がる時期に加わります。
ちなみに、このロースターボーナスは、$1Mとか$2Mみたいな安い金額じゃダメです。キープするリスクが減ってしまい、「多少払ってでも、ギリギリまで置いておけば行き先無くなって安く再契約できるかも…? トレードできるかも...?」みたいな邪念がSaints側に生まれかねません(ガロポロパターン)。そこで「確実に払えない、トレード先も見つからない」という額を設定した結果、$31M(キャップヒット$59M)になったわけです。(せっかくなら$100Mとかにしても良かった気もしますが)
(余談: 他のサラリーフル保証期日/ロースターボーナスの目的も早期カット)
なみに、ちょっとThomasから離れますが、「カットされる場合はなるべく早くカットされたい」は非常に重要で、契約する時点で盛り込むことも多いです。
最近の話題だと、Derek Carr(LV)が2/15にサラリーがフル保証されるためにその前にリリースされそうになっているのも、リリースの場合は早めに市場に出たいためです。「スーパーボウル直後にクビは可哀想」とかいうコメント見ましたが、逆です。
逆に、去年Jimmy Garoppolo(SF)はシーズン前に支払期日があるRoster Bonusが設定されておらず、契約最終年は保証なしのBase Salaryだけだったため、SFは開幕直前までノーリスクでガロポロをキープでき、結局トレード相手は見つからなかったものの、「今からリリースされてもどのチームもQB決まってる」という状況になってから安く契約を再構築しました。
最近結ばれた契約でも、Roquan Smith(BAL)の契約は分かりやすく最後の2年だけRoster Bonusが設定されてましたね。リリース対策です。
(8)まとめ
以上が、Saints関連の記事を追いかけていて私が読んだ経緯です(ごく一部、想像も入っていますが)。まとめると、
Michael Thomasのリリースは決定事項
1月にSaintsが再構築したのは、キャップ事情のため
来年の$59Mはリリースの約束のため「絶対に払えない高い金額」をあえて設定した、実際にはこれをどのチームも支払うことはない
という感じです。知らないと驚くのは当然ですが、騒ぐようなことではないというのが分かっていただけたら幸いです。
最後に個人的な予想。Michael ThomasはKCに安く拾われて、今年のMVS/Toneyみたいに活躍します。(3/10追記) SaintsとThomasが、契約見直しについて話し合っているという情報が出ました。Derek Carrのリクルートにも積極的に関わっているようですし、来年のロースターボーナスをなくす+ペイカットの上で残留の見込みです。2024年のComeback Player of the Yearです。
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