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Aaron Rodgersのトレードの鍵〜オプションボーナスという名のリボ払い (前編)【NFLサラリー談義#6-1】

アーロン•ロジャースのトレードがついに成立!

対価は2023年2巡+2024年2巡(65%出場で1巡)に加えて2023年の1巡と下位指名権のスワップで、個人的には「ここまでパッカーズのGMの思い通りに事が運ぶとは思わなかった」というのが正直な感想です(Ames氏の節穴ツイートの数々はこちら→1 2 3 4 5)。
トレードが決まるとは思っていなかったし、決まっても対価はもっと低くなるという予想でした。2023のサラリー一部肩代わりなどもなさそうで、パッカーズの負担が増えることもなし。

以前あいぼうさんと約束(下ツイート)したこともあり、前回のサラリー記事に引き続き上級者向けですが、サラリーキャップ/契約の観点からロジャースの契約と今回のトレードについて解説してみたいと思います。なるべく客観的に、出典を出しつつ、チーム状況とか自分の分かっていないことには極力触れませんので、関係ないチームのファンが適当なことを言うのは…と怒らないでいただけると。また今回の裏テーマは「オプションボーナス」です。

めちゃくちゃ長くなりそうなので、前編(これ)と後編に分けます。前編はロジャースの契約解説、後編がトレード編です。

 「パッカーズ史上最悪」と評されていたロジャースの新契約

なぜトレードが決まると思っていなかったかというと、理由はロジャースの契約と年齢です。
まず、元々の契約について見てみましょう。2021年シーズンを終えて、38歳のロジャースの契約は2022年の1年のみを残していました(キャップヒット$47M, 2023年にvoid yearあり)。プレーオフでは敗れたものの2年連続MVPを獲得。苦しいサラリーキャップ、先発経験の少ないJordan Love、「再建の一部にはなりたくない」という本人の発言、反ワクチンスペシャルチームの失態…様々な要素が絡む中(ここら辺の経緯はファンの方に任せます)、Packersが取った選択肢は3年$150Mの契約延長でした。残っていた契約(void含めると2年$80M)と合わせると、見かけ上5年間で約$230Mの以下のようなグラフになります。NFLの中でも屈指の複雑な契約です。

網掛け部分は契約時にフル保証、橙部分は2024年3月にフル保証
  • 元の契約の支払い済みキャップヒット(何をやっても動かせない)が2022に$16.3Mと2023に$4.8M(青部分)

  • 新たなSigning bonus (契約金)が$40.8M(濃い青部分)

  • 2023年に$58.3M(緑色)、2024年に$46.1M(橙)のオプションボーナス(後述)

  • Base Salary(黄色)は最初の3年は非常に少なく、最後の2年に集中

年平均$50Mの金額自体は、2年連続MVPであることを考えると妥当です。しかしこの契約の特徴&問題点として、極端にサラリーの支払いが前倒し(front-loaded)かつ保証付きになっている、超選手フレンドリーな契約であることが契約時から指摘されていました。Packersの番記者のKen Ingalls、Over the CapのJason Fitzgeraldをはじめとしたサラリーキャップの専門家が「パッカーズ史上最悪の契約」と評しています

契約の孕んでいたリスク

オプションボーナスという「リボ払い」

契約の大きな特徴が、2023年と2024年に設定された多額のオプションボーナス(グラフの緑とオレンジ)です。オプションボーナスはある年に一括で払うサラリーですが、契約金と同じくキャップヒットがその年以降分割して計上できます。
(ベースサラリー、ロースターボーナスは払った年に全部計上)

そのため、一見2023と2024はいずれもキャップヒット的には大したことないように見えますが、これは
2023: オプションボーナス$58.3Mは一括で支払うが、4年で分割されて$14.6Mだけ計上残り$43.8Mは2024-2026に先送り
2024: オプションボーナス$47Mは一括で支払うが、3年で分割されて$15.7Mだけ計上残り$31.4Mは2025-2026に先送り
とした結果です。
(参考: 今オフのSaintsの全選手の契約再構築による先送り総額が約$70Mなので、ロジャース1人で毎年この半分くらい)

つまり、ロジャースがプレーを続けるだけで自動的に大量のキャップヒット先送りが発生します。実際に支払う金額はキャップヒットと大きく乖離していて、ロジャースは2022年に$42M、2023年に$60M、2024年に$50Mを手にします。また、これらは一度支払われると何があっても返金されません。

勘の良い方は分かると思いますが、要は「リボ払い」というやつです。
多くのチームがオフに行う「契約再構築(restructure)」は、毎年その年のBase Salaryを契約金に変換して翌年以降に分割計上する手法で、オプションボーナスの場合と結果は全く同じです。オプションボーナスの場合、毎年再構築するのではなく契約時から先送りとして設定しておくというだけの違いで、自分はこれを予約制リボ払い」と呼んでいます。
(長くなる&関係が薄いので別記事にしますが、Saintsが毎年再構築を連発するのはオプションボーナスを一切使わず全てを毎年の契約再構築で調整するチーム方針のためでもあります(KCなども同じ)。 オプションボーナス使いまくってるチームから「NOのリボ払いがヤバい!」と毎年煽られる度に、同じことしてるのになぁ…と悲しんでます。

問題点1: 大量デッドマネーのリスク

とはいえ、オプションボーナス自体は、実は最近のQBの契約構築ではスタンダードです。Jalen Hurts, Russell WilsonMatthew Stafford, Kyler Murray, Josh Allen …全員の新契約にオプションボーナスが含まれています。最近の「Hurtsの大型契約のキャップヒットが低くなる」というカラクリもオプションボーナスを5段階で使うことで給料の大半を分割計上するためです(これも別記事で書くかも)。

ただし、これらのQBとロジャースが違うのは「年齢が高く、いつ引退してもおかしくない」という点です。オプションボーナス形式は「キャップの先送り」で、その結果契約の後半に増大するキャップヒットに関しては、基本的に再度の契約延長や契約見直しで調整する必要があります。しかし引退があり得る場合、選手の判断で「契約打ち切り、先送りしたお金は全てデッドマネーに」ということが起こり得るため、いつ巨額のデッドマネーが降ってくるか分かりません。ロジャースの年齢のQBに対して多額の「リボ払い」をするのは非常にリスキーです。

このような契約の結果…ロジャースが引退した場合のデッドマネーは
2022シーズン後に引退:$40M (2023-2026の青部分)
2023シーズン後に引退:$68M (2024-2026の青部分+緑部分)
2024シーズン後に引退:$77M (2025-2026の青部分+緑部分+橙部分)
と単調増加していきます。

さらに、この中で一番ベストの「2022年シーズン後に引退(デッドマネー$40M)」すらかなり薄い望みです。ロジャースからすると、2023年のW1までプレーすれば$58.3M (緑部分)が一括で貰えることが確定していますよね。これを自ら辞退して、チームのために引退する人なんているでしょうか?例のDarkness Retreatの間、この$58.3Mは絶対頭にあったと思います

問題点2: 高すぎる保証額

NFLのサラリーは、フル保証されていない限り支払う前にカットしてしまえば支払う必要はありません(フル保証額については以前の記事を参照)。
しかしロジャースの場合ネックなのは、契約の前半に固まっている支払いの大部分がフル保証されていることです。2022年分の$42M、2023年の$60Mは契約時に完全保証され、2024年分の支払いのうち$47Mは2024年が始まったらすぐ保証されます。
仮に契約の1年後、2022年シーズンを終えた後でロジャースをカットした場合、デッドマネーは$99Mとなります。このため、40歳が近いQBにも関わらず「衰えたらカットすればいい」という方法が使えません。

問題点3: ラスト2年はほぼ無意味

NFLの多くの長期契約では、毎年支払う金額は大きく変わらない/徐々に上がるようにするのが普通で、後半の方が受け取る金額が低い、というのはまずありませんこれは毎年プレーするモチベーションを保つためです。

しかし上記のように、ロジャースの場合最初の3年間に支払いが固まっており、毎年振り込まれる金額は2022〜2024が$42M、$60M、$50Mなのに対し、2025は$21M、2026は$15Mです。
仮に2024シーズンをプレーし終えたロジャースの気持ちになってみてください。既に長期契約の大半のお金は受け取り終えて、残り2年は$18M/年でのプレーです。やる気出ませんよね。僕なら引退するか賃上げを要求します。前半に支払いを固めてしまうと、後半はプレーしてくれなくなるのです。

問題点4:実質的なトレード拒否権

2022年シーズン後にカットは不可能、引退もしてくれない…それならトレードはどうでしょうか。これに関しては、ロジャースの契約には明文化されたトレード拒否条項はないものの、「引退を匂わせることで実質的にトレードを拒否できる」と言われていました。

どういうことかというと、仮にパッカーズがトレードを試みた場合に、「トレードされたらすぐに引退する、パッカーズ以外ではプレーしない」とロジャースが発言すれば良いわけです。
トレードを検討していた他チームからすると、指名権が無駄になるかもしれませんし、また獲得後は$58.3Mのオプションボーナスを支払う必要があり、これを払った後(W1が期限)に即引退されたりすると完全に無駄金になります。普通の選手だと使えない方法ですが、引退が非現実的でない年齢にも関わらず巨額の保証付きの契約を持っているロジャースには有効な脅しとなります。

まとめ

以上、いかにロジャースにとって有利な契約であるが伝わったかと思います。

一方で、「史上最悪の契約」は個人的には言い過ぎだと思います。ロジャースは前年にマホームズの$45M/年を超える金額の契約延長を蹴ったという話もあり、相当良い条件の契約提示だったからこそサインしたのは事実でしょう。引退が現実的な年齢なことを考えても、front-loadedな契約を求めていたのも普通です。
2021年シーズン後に契約延長を諦めてトレードするという手はもちろんありましたが、おそらく1巡2つ以上の対価が得られたであろうとはいえ、次のQBの見通しが立っていない段階で2年連続MVPのQBを手放すという選択も相当なハイリスクです。「去年トレードしておけばよかった」「更新せずに最終年までプレーさせれば良かった」と言う声もいくつも見ましたが、結果論的にも聞こえます。

2022シーズンの結果を受け、トレードへ

結果的には、2022シーズンのパッカーズは8-9の成績で最終戦でライオンズに敗れてプレーオフを逃し、ロジャースの成績もMVPシーズンよりは落ち込みました。さらに、トレードアップして指名したQBラブは既に3年目。成長が見られるもののルーキー契約は残り1年で、5月には5年目オプション行使の判断が必要なこともあり、2022年でロジャースと別れるのがベストな状態に。

しかし少なくとも2023年シーズンに関しては
(1) カット: デッドマネー$99Mで無理
(2) 引退: 9月まで待てば$58M手に入るので、おそらく無理
(3) トレード: 本人が行きたがる&この契約を引き受けるほどロジャースが欲しいチームが必要
という、パッカーズ的には八方塞がりに見える状態でした。
残留以外の現実的な選択肢はトレード一択なものの、果たして相手チームは見つかるのか?また、ロジャースに相応しい対価を手に入れることはできるのか?後編:トレード編へ続きます。

参考資料

1. 契約更新の直前の時点のロジャースの状況についての考察 (CBS, by Joel Corry)

2. 2022年10月、パッカーズ低迷を受けての2023年のオプションの考察 (Over the Cap, by Jason Fitzgerald)

3. Spotracの、シーズン後にロジャースの去就を考察した記事

4. たーくんさんのブログ


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