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活動日記 2023/08/24-奥多摩合宿

 ウルトラマン起床。もはや奥多摩合宿に長年参加しているものはウルトラマンが呼びかける寸前に目を覚ますようになっている。さすがだ。僕も最近では出来るようになってきた。こっそりと夜に用意しておいた服、歯磨きなどを手元にたぐり寄せ、彼が叫び出すと同時にそれを握って布団を畳み、洗面台へと駆けてゆく。寝坊することは一切無い。
 いつもどおりに「無敵」と柑橘を奪い合いながら朝食を摂り、着替えて学習に入る。既に昨日中学数学の予習復習を終え、「内藤君」に借りた数Aの教科書を使って予習することになった。
 さて取りかかろうと思って最初の頁を見るとそこには「本書においては、「数学Ⅰ」の「数と式」で扱われている内容は既習としました」と、あった。しかしながら数Ⅰはいままさに内藤君が使っている。だが、スタッフ陣曰く、「数と式」は中Ⅲ数学の発展版みたいなものだから大丈夫だ。わからなくたって、きっとなんとかなる。
 そんなことを言われてしまっては、やるしかない。しばらくはゆっくりと進めることにしよう。
 8時。かなり良いところまで行き、マエセンとのzoomでの個人面談も終わらせた。その折、未だ自宅にいるというので思わず「茄子買ってきて下さい」と言ってしまった。今では僕は夜な夜な茄子を食べ尽くし、ひとかけらも残さないことから「茄子の夜市」と呼ばれるようになっている。けれども誤解を解くとすれば、焼き茄子を食べたのは一夜だけのことである。マエセンがこの数日後に買ってきてくれた茄子2本全てを私有して裏の焚き火で焼き、全て自分で食べてしまった程度である。たしかにほかにも揚げ浸しの3分の2ほどを食べてしまったこともあったが、誓って言う。僕は、焼き茄子を食べたことは、一度しかない。
 8時に出たお握りを口に放り込み、読書をする。いったん頭が狂ってしまったためにしばらく冷却しているのだ。「日本語が滅びるとき」を読み、その作中にて出てきた「三四郎」、「福翁自伝」に手を出す。残念なことに「三四郎」は長くは続かなかった。「吾輩は猫である」などの有名どころにしてもそうだ。それだけに集中したいという環境でなければ上手く読むことが出来ない。
 昼食をナポリタンと聞いて、僕の脳が再び活性化し始めた。それならば頑張ろう。この前行った病院にて僕は「小麦と乳製品を控えろ」と言われている。けれども、ここ奥多摩では控えたいと言っても他に食べるものがない。それに加えて、今日の夕食のことはミートドリアと聞いている。間違いなく飢えてしまうだろう。
 ならば仕方が無い。母も承諾してくれている。好きなだけ食べてしまおう。そう思って学習を精力的に再開する。この教科書には章末以外の問題に解答・解説が付いていない。これが一番の問題となって立ちはだかった。僕自身は理解していると思っていても、実際には大きな勘違いをしているかもしれないのだ。
 けれども幾度も間違いながら、ついに第一章「場合の数と確率」の最終問題に手がかかった。けれども、そこでストップ。昼食の時間が、やって来た。出てきたものを見て驚いた。ナポリタンじゃあない。味噌豚。それに、待ちに待った「茄子の揚げ浸し」ではないか。ナポリタンではなかったけれども、これもよい。そう思って好きなだけとって食べていると、いつのまにか卓上にあった内の3分の2ほどを平らげてしまっていた。茄子の揚げ浸し、もう少し作っていても。いや。この2倍あっても平らげられたのに。残念だ。
 美味い昼食をたらふく食べた後、皆は川へ行く。別に今回は唐辛子にやられたわけでもなし。行っても良いとは思うのだが、何となく気が乗らない。枕を置いて寝ようと思ったのだが、しばらくたってから「無敵」が不意に襲ってくる。座布団や布団。ならまだ良いが、ときには座椅子を掴み挙げて投げつけてくる。前半合宿では、その後半悟りを開いたようになったアブラを猛烈に攻撃していたそうなのだが、一切相手にされなかったという。だが、彼と僕とでは程度が違う。彼相手ではせいぜい座布団だが、僕に至っては座椅子。大きさ・重量などがだんだんと増してきている。
 ゆえに、ゆっくりと出来る時間は就寝時間かこの時だけなのだ。これまでは読書するなどしていたが、いまではもうそんな余力は一切残っていない。体を横たえると、たちまち眠気が襲ってきた。
 なにかあった。そう朧気に考えていると一気に意識が戻ってきた。目を開けてみる。やはり「無敵」だ。座布団を放り投げて嬉しそうだ。僕は、嬉しくなど無いが。
 彼が帰ってきたことで、もはやいつもどおりに残り時間を過ごすことは不可能になった。それにしても、どうして彼はこんなにも早く帰ってきたのだろう。仕方が無いので、彼が別のことをやろうとするまでトイレに立てこもることにした。ここのトイレは、色々と曰くのあるところである。ここの扉の鍵のみは昔ながらのやり方で作られており、近隣にいたその技術を受け継いでいた最後の人物が亡くなった結果、久しく修理されていない。壊れては応急措置をして、壊れては措置をして、ほそぼそと生きながらえている。
 そしてこのトイレ。実は本日ある事件が発生したのだ。瞑想直後の最高の状態を維持するため、うろ覚えの般若波羅蜜多心経を心の中でひたすら唱えながら学習を始めたときだ。今回は特に状態が良く、このままいけば高校数学などあっという間だと思われた。トコロガ。突然怒声が響き渡る。トイレの中に妖怪ションベンタラシが出現したのだ。トイレの中にまき散らされたションベン。僕の記憶では、ここしばらくトイレに入ったものは一人しかいなかった。誰が原因かはおおよそ見当は付いているのだが、彼の名誉のためにあえてここでは名は出さない。が、そのために僕の集中は途切れ、午後いっぱいを午前にやった部分の復習に費やすことに成り、午前にもそれほど学習を進めることが出来なかったとだけは言っておこう。
 そうして夕食を迎えた。その少し前、焚き火の際に台所にて作業を眺めていた僕は、あることを胸に秘めていた。夕食として唐揚げが出されたとき、レイセンが厳かに、言った。さて。この中にはキノコが大の苦手という人がおります。味がしないというのがその原因の一つですが、幸い嫌いで苦手というものはわずか八種類。今から変えていけばまだ味覚を取り戻すチャンスは十分にあります。よって。この唐揚げ4種の中に。何が入っているのかを、当てて貰いましょうか。
 そのとうの彼は必死に食べて当ててゆく。一つは塩麹入り。一つはノーマル。だが、もう一つがわからない。悩み続けている彼に対する答えを、何と僕は持ってしまっていた。「ヨーグルト」である。朝食に出したもののそれほど人気の出なかったヨーグルトを入れることによって、よりまろやかさを出しているのだ。それが肉の濃い味を薄めさせ、非常にさっぱりとした風味に仕上がっている。
 そのキノコが苦手なとうの彼はこれらの唐揚げ何れかにキノコが入っているのではないかと戦々恐々としていたようだが、そんなものは何処にも入ってはいなかった。レイセンに騙されたのだ。けれどもそのことは未だ明かされない。彼に「キノコは美味しい」とすり込むことが、実は今回の合宿にてかなり重要な目標だったのだ。

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