見出し画像

東京写真案内:式根島「ひとり、島へ」

旅や冒険にあこがれる。「旅行」じゃないところがポイントだ。

そうは言ってもお金や時間の都合もあるし、なかなか旅をするのは難しい。
チキンハートなくせに「ひとりで行ってみたい」と思うから、気持ちの面でますますハードルが上がってしまう。
ついでに言うと、本や写真、映画を見ては「気楽に行ける人はいいよなぁ」と、うらやましく思うのに、本格的な装備は持っていない。

そんな悶々とする日々の中、突発的にひとり旅をしてきた。旅行もいいけどやっぱりひとりって最高だなぁ、と改めて思った旅だったので、ここにその様子をまとめることにする。


◇        ◇


10月19日(金)~21日(日)まで、2泊3日の旅をする。
場所は式根島。伊豆諸島のひとつで、人口約550名、外周およそ12キロと歩いて周れるほどの小さな島だ。 

この島に決めた理由は、
・行ったことがない
・運転しなくても周遊できる
・安い
という条件にぴったりはまったこと。
そして、何よりシーズンオフでひとりになれそうだったからだ。

旅の荷物は最小限がいい。
普段使ってる無印良品のリュックに、カメラと三脚、汚れてもいい服を詰め込む。船旅なのでシーバンドは欠かせない。島は日差しを遮るものがないので、日焼け止めとサングラスも。おやつにはカリカリ梅をチョイスした。
旅のお守りじゃないけれど、こういう時には本を持っていきたくなる。一度読み切った本だからどうしようかと思ったけど、やっぱり旅には星野道夫さん。「旅をする木」をポケットに入れた。 


◇        ◇


画像1

画像2

10月19日(金)

荷物を持って出社し、仕事を終わらせ竹芝桟橋へ。
ピークのシーズンが過ぎたとはいえ、週末だからか人が多い。人があまりいないところへ行きたいけれど、日本で誰もいないところへ行くのは簡単じゃないな、とちょっと悲しい気持ちになった。

乗船する直前まで、心配性な家族に心配されまくる。心配性な私は「たった数日とはいえ油断はいかん。生きて帰ってこよう」と思って乗船した。

大型船さるびあ丸、22時発。式根島へは翌朝に到着する。

画像3

船に乗るのはこれで5度目だ。大島、利島、男木島、それから今年は徳島へ向かうために乗った。
船で食べるカップラーメンや冷凍食品の「なんかおいしい」感じはもう知っているし、土日を全力で遊ぶために今回はとっとと寝てしまうことにした。

乗船後すぐに10分200円のシャワーを浴び、さっぱりしたところで抹茶アイスを買ってデッキにあがる。ひとりだから夜中に食べても咎める人はいない。

画像4

アイスを食べ終わったのでベッドへ戻り、いそいそと寝床作りをはじめた。
特2等のベッドはカーテンで仕切りがあるけれど、大勢の人と相部屋だ。
硬いマット&寒いと聞いていたので、備え付けられていた毛布に加え、さらに2枚毛布を借りた。1枚は敷布団に。もう2枚は掛け布団に。枕元には乾燥防止のマスク、お茶とイヤホンを置いた。

やることもないので本を読もうとしたが、船の揺れが心地よくあっという間に眠気に襲われた。

うとうとしていると、ふと「旅の目的はなんだっけ」と考えだす。

人がいないところでぼーっとしたい?
写真をたくさん撮りたい?
なにかアイディアをひらめきたい?

どれも違う気がして、今回の旅に目的もゴールもいらないのだ、と思った。


◇        ◇


10月20日(土)

朝5時頃、大島に到着する船内アナウンスで起こされる。
結局、うとうとしていただけで、眠っていたのかよくわからない。ごろごろしてから支度をし、デッキへ出た。

日の出を見たかったけれど盛大に見逃してしまい、あたりはすっかり朝だった。自販機で買った紅茶を優雅に飲みながら、次の島である利島までぼーっと海を眺める。

画像5

画像6

利島は「としま」と読む。おにぎりのような形をした小さな島で、イルカがやってくるためダイビングスポットになっている。
大学生の頃、友だちに誘われイルカと一緒に泳いだのはいい思い出だ。

画像7


利島の次は新島。行ったことはないけれど、ここでもイルカやウミガメが見られるそうだ。
式根島は新島の南西に位置しているので、5分ほどで到着する。

下船の準備をしてデッキで写真を撮ろうとしていたら、「何を撮ろうとしてるの」とおじさんに話しかけられた。船の階段に指す光を撮ろうとしていた、と説明すると怒涛のマシンガントークが始まってしまう。

「いや〜、どういう構図で撮ってるのかなと思って。好きな構図とかって人それぞれだよね。自分もカメラを持ってて、たくさん撮ってたんだよ。使わなくなったから売ったけど、全然お金にならなかった。横浜でやってる写真展知ってる?南極隊が撮った写真、夕焼けが何とも言えない光できれいなんだよ。おじさんのことを思い出したら行ってみて。いやぁ、本当にいい写真なんだよ……」

旅の出会いは悪くはない。
が、話が終わる頃には式根島の港についていた。撮ろうと思っていた階段の光も、見ようと思っていた式根島の全体像も、見逃してしまった。

画像8

画像9

画像10

式根島につくと宿のおじさんが車で迎えに来てくれた。
朝ごはんを食べたいのと、とっとと島を散策したかったけれど、世話好きなおじさんの計らいで島をぐるっと案内してもらうことに。
(というか、有無を言わせず連れまわされた)

ここでもマシンガントーク&ダジャレのオンパレードで、おじさんには悪いけど「なんだか私が思い描いていた旅じゃないなぁ」と思ってしまった。

画像11

画像12

「信者」は「儲」となるんだよ、とおじさん。たくさんのことを教えてもらったけれど、宿について座った瞬間、頭から抜けた。
今は朝10時。ただただ、ご飯が食べたい。

「チェックインするからちょっと待ってて」と、忘れ物を取りに行ったおじさんの帰りを待つこと20分ほど。ダジャレを受け流しながらチェックインを済まし、「1泊ですがよろしくお願いします」と挨拶する。
お土産に柿をもらった。

画像13

朝ごはんは海で食べようと決めていたので、スーパーでお弁当とお茶と揚げパンを買う。カメラと三脚を持って、借りた電動自転車に飛び乗り、泊海水浴場へと向かった。

画像14

画像15

地図を見ながら坂道を上ったり、下ったり。10分くらいで到着すると、誰もいない浜辺が広がっている。

画像16

画像17

画像18

画像19

泊海水浴場は扇状の海岸で、周りは崖に囲まれている。風が強く吹くけれど浜辺に押し寄せる波はおだやかだ。
海を眺めながらひとり、島のりをふんだんに使ったお弁当を食べた。お腹がいっぱいになったところで再び自転車に乗り、島を巡る。

大浦海水浴場に神引展望台。
神引展望台もほとんど貸し切り状態だったので、せっかくだから、と三脚を立てて自撮りしてみたり、日陰になっている岩場で買ってきた揚げパンを食べた。

画像20

画像21

画像22

真っ黒な服装のせいでミツバチが寄ってくる。
冒険を楽しむならちゃんとしたアウトドア用の服を買おう、と強く思った。

画像23

それから泊神社、石白川海水浴場、与謝野晶子記念碑、松が下雅湯、足付温泉、とぐんぐん巡った。小さい島だからあっという間に見ることができるのも、運転できない私にはちょうどいい。

泊神社で引いたおみくじは小吉。「旅行 病難盗難注意せよ」と出て心配になったので、すぐさま近くの結びどころで結んだ。

石白川海水浴場には大きな岩があり、波もどこか荒々しい。素足になって海水を楽しんだ。

松が下雅湯では足湯に浸かる。濡れた足を乾かすためにごろんと寝転がった時は、波の音が心地よく、温泉に反射する光が綺麗でいい気分になった。贅沢な時間を過ごしているなぁ、と思う。

画像24

画像25

画像26

いつの間にか日も落ちはじめてきたので、夕日を見に行こうと再び泊海水浴場へ。自転車を漕いで向かっている途中、一匹の猫にからまれた。
島には何匹か(出会ったのは7、8匹)猫がいるが、その猫は唯一首輪をしていた。道路の真ん中で人を待ち伏せし、立ち止まると足や自転車にからんでくる。たぶん私から島の匂いがしないからマーキングをしていたのだろう。

仕方がないのでひとしきり付き合ってあげた後、もっと遊んでいたい気持ちをぐっとこらえ、海岸へ。

画像27

画像28

朝と同じく泊海水浴場は自分ひとり。 猫と遊んでいたせいでカメラのバッテリー残量はぎりぎりだった。宿に取りに戻る体力もないので、いちかばちか夕日が沈むまで海岸にいることにした。

バッテリー切れたらどうしよう、と一瞬不安がよぎる。
目的のないひとり旅だから撮れなくても仕方ない、目で見れればいいじゃないの、と思ったら一瞬にして不安は消えた。

下がっていく太陽のとろとろとした光、そして、空と海に青とピンクが混ざりあう時間が好きだ。こっちの角度からも撮ってみたい、シャッタースピードをかえたい、と切れそうなバッテリーと戦った。

画像29

画像30

画像31

暗くなったので宿へ戻る。あの人懐こい猫はもういなかった。

それから夕飯を食べに行こうと真っ暗な夜道へ繰り出すも、目的のお店に着くと「もういっぱいなんで無理です」と断られしまった。悲しい。

仕方ないので来た道を戻る。島では星がよく見えるというので空を見上げてみたけど、この時は雲が多くてそれほどでもなかったのが残念だ。

お弁当とオリオンビールとお茶を買い、部屋でひとり夕飯に。隣の部屋の男性たちが宿の台所を借りて料理を作っている。楽しそうな声と、いい匂いが部屋にまで伝わって来て、思わず「いいなぁ」と思う。
でも、寂しくはない。ひとり旅は寂しさすらも楽しい。

明日は早く起きて日の出を見に行こう。
強くなってきた風の音と、小さくしたテレビの音をぼんやり聴きながら眠りについた。


◇        ◇


10月21日(日)

5時30分起床。着替えて外へ出る。
自慢じゃないけど、40秒で支度できるほど私はでかける準備が早い。自転車に乗って急いで石白川海水浴場へと急ぐ。
幸いなことに今日も人がいないので、どこで撮ろうかカメラの準備をしながら太陽が昇るのを待った。

新年の初日の出には興味がないのに、旅に出るとなぜか日の出を見たくなる。昇り切る前の薄明るい時と、昇った瞬間が特別感があって好きだ。昇りきってしまうと眩しすぎるし、さっきまでの特別感はどこへやら、すっかり「いつもの太陽」という感じがする。

そんなことを考えていると眩しい眩しい太陽が雲から顔を出した。
写真を撮りつつ、せっかく来たんだから、と目でもちゃんと見る。
波に反射する光が本当にきれいだ。

画像32

画像33

画像34

朝日を浴びてすっかり目が覚めたので、自販機でコーヒーを買い、足湯に浸る。普段買わない缶コーヒーがとてもおいしく感じた。

8時30分頃になり、宿へと戻ってチェックアウトを済ます。
スーパーでパンとコーヒーを買い、今度は歩いて泊海水浴場まで。

画像35

画像36

画像37

徒歩だと20分くらいだろうか。自転車を漕いでいた時とは大違いで、坂道はつらく遠く感じる。
無事にたどり着くと、再び誰もいない海岸が出迎えてくれた。

おそらくシーズン中は監視塔として使われているであろう小屋の階段に座って朝ごはんにする。食べ物を狙うカラスやトンビすらいなかったけれど、さらさらとした砂が風に舞い、ものすごい勢いで体にぶつかってくる。パンをしっかり死守しながら食べた。

画像38

画像39

透き通った海水が静かに揺れる。膝くらいの深さのところで魚が跳ねたのが見えた。岩場でしま模様の小魚が泳ぎ、崖の上で鳥の大群が飛ぶ。生き物の気配はたしかにあるのに、なんだか静かだ。

波打際を歩き、寝転び、海水を触り、石を積み、砂に絵を描いて遊ぶ。苔の生えた石の上で盛大に滑ったけど、誰も見ていないから恥ずかしくもなんともない。

ひとりきりの海岸は、子どもの冒険のようでただただ楽しかった。

画像40

画像41

画像42

画像43

気づくと2時間ほど浜辺で過ごしていた。いつもなら何かと考え事をするのに、びっくりするくらい何も考えていなかった自分に感心する。

帰る前にお昼を食べておこうと、島の中心部に戻って定食屋でビールと野菜炒めを頼んだ。島に来たのに魚を食べていない。せめて少しだけでも島感を味わおうと、野菜炒めに島とうがらしの調味料をかけて食べる。少量でも結構辛く、キンキンに冷えたビールとばっちりの相性で最高においしかった。

画像44

帰る直前、石白川海水浴場へ行く。BGMにはっぴぃえんどの「風をあつめて」を流してみたけど、風が強くて飛ばされそうだった。

宿に戻るとおじさんに「落書き帳、書いていってね!」と念押しされた。宿泊した人たちの感想が書かれたノートを広げると、ぎっしりとメッセージが書かれていた。
こういう時、楽しかったのに気の利いたコメントが思いつかない。「1泊だけど充実していました。また来ます」とだけ書いた。

画像45

港まではおじさんに送迎してもらった。車中でもダジャレのオンパレードなので旅情もなにもない。
ただ、「この島で癒されてほしいんだ」と話すおじさんの優しさは十分感じられた。

「次来たときは鶏をしめなよ!魚もやるから料理作ってさ。物々交換だっていいよ、なんか持ってきな!」とおじさん。
「写真、撮ってもいいですか」と聞くと断られしまった。
次来た時は連泊して、仲良くなったら撮らせてもらおう。

画像46

画像47

画像48

画像49

帰りはジェット船で、3時間ほどであっという間に竹芝桟橋へ到着する。

あとから分かったことだけど、式根島は伊豆諸島の中でも就航率は高くない方らしい。※1
翌日仕事があるのに帰れない、という可能性もあるので週末旅では要注意。天気に恵まれるというのはラッキーだ。

※後日、式根島観光協会へ確認したところ、式根島の就航率は「伊豆諸島の中で就航率が高い方かというと、高い方ではないと思います」とのこと。季節にもよるけれど、さるびあ丸が就航している島では大島、神津島、新島、式根島、利島の順に就航率が高いそうだ。

画像50

画像51

画像52

旅をすると帰るのが残念に感じることがあるけれど、今回は不思議と寂しさはない。充実した時間を過ごせたからだろうか。
思えば、大型船に乗る時から緊張も興奮も不安も寂しさもない、落ち着いた気分だった。島に着いても、いざ帰るとなってもリラックスしていた。まるで近所に買い物しにいくような気分ででかける、日常の延長線上にある旅もいいなと思った。

「旅で人生をかえるような出来事に恵まれる」とか、「旅をしたから何かひらめく」とか、ただ出かけただけでそんな劇的なことが起こると期待するほど、めでたい頭じゃない。日常の中でだって気づけることはあるから、遠くへ行くことばかりが賞賛されるのは腑に落ちない。

それでもこんな些細なひとり旅ですら、帰ってきてみれば、
「次は山へ登ろうか。海外にも行こう。なにかのためじゃない自分だけの旅をしよう」と好奇心を掻き立ててくれる。
長いエスカレーターを見て、「昨日は岩場や急な坂を登って歩いたんだ。エスカレーターに乗らなくてもいけるだろう」と小さな自信が身につく。

突発的なひとり旅だけど、ささやかな変化を感じることができた。

◇        ◇


旅から数日経ち、忘れていた宿のおじさんの話や出会った人たちのことを、じんわり思い出している。

そういえば、持ってきていた星野道夫さんの本は読まなかった。本の冒頭、星野さんが神話学者ジョセフ・キャンベルの言葉を引用した一節を、帰宅した今読み返している。

私たちには、時間という壁が消えて奇跡が現れる神聖な場所が必要だ。今朝の新聞になにが載っていたか、友達はだれなのか、だれに借りがあり、だれに貸しがあるのか、そんなことを一切忘れるような空間、ないしは一日のうちのひとときがなくてはならない。本来の自分、自分の未来の姿を純粋に経験し、引き出すことのできる場所だ。これは創造的な孵化場だ。はじめは何も起こりそうにもないが、もし自分の聖なる場所を持っていてそれを使うなら、いつか何かが起こるだろう。人は聖地を創り出すことによって、動植物を神話化することによって、その土地を自分のものにする。つまり、自分のすんでいる土地を霊的な意味の深い場所に変えるのだ。

画像53







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?