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016 たださん

本社での面接から10日後。僕はあの面接の日の朝立ち寄った駅にいた。

あの面接の後、入社手続きが始まり、この時本社業務課の多田さんと知り合った。彼が入社までの流れともろもろを説明してくれた。そして、10日後、本社近くのあの駅で待ち合わせて、そこから就業先となる旅館へと彼が連れて行ってくれるという話が出たのだった。


僕は今回、この本社近くの駅まで、新幹線を使った。飛行機でも良かったのだけれど、このときまで僕は新幹線に乗ったことが無かった。なので、飛行機なら二時間足らずで来れるところ、せっかくの機会がやってきたということで、新幹線を使ったのだった。

地上を行くせいか、早い乗り物なのに遠くの景色がゆっくり過ぎていくことがすごく興味深かった。たぶん、大人なら誰でも知っている理屈だろうけど、僕の場合、頭で分かっていてもそれをリアルで体験したことがないという事やモノが多く存在する。

リアルで体験する機会というのは僕にとってはより一歩人間に近づくためのステップでもあり、重要なものだったりする。(といってもこの時点ではそれほど自分で意識していなかったりする)

目的の駅に近づくにつれ、段々と景色がにぎやかになっていく。高層ビル、たくさんの家々が車窓を埋め尽くす。

途中で見た富士山もすごく興味深かったが、これはこれでこの時の僕には十分ひきつけるだけの何かがあった。いまなら、田舎の景色の方が良いと考えるに違いないが、当時の僕にとっては、見るものすべて、興味の対象となり得たのだった。

そして、新幹線は目的の駅に着いた。

スーツケースを転がしながら、僕は新幹線を降りた。改札が二つあって、でも確か多田さんは北口の方に来いと言っていたはずだ、そんなことを口にしながら改札を抜け、進んでいく。

温泉地での面接のために立ち寄った都市ほどではないにしても、それでも人、人、人だ。ただ、それをかき分け進む。

なんとか駅の建物の外にでて、指定のポイントに差し掛かった時、クラクションが鳴った。

僕はその音の方へと振り向いた。

多田さんだ……

多田さんは車で迎えに来てくれていた。僕を見ると、車を寄せ停車した。そしてこちら側の窓を開け、僕に話しかけてきた。

「ねえxxさん。お疲れ様です。待ちました?」

「いえ、今着いたところです」

「じゃあ、荷物トランクに入れてもらって、乗って下さい。」

「はい」

僕は言われるがまま、トランクに荷物を入れ、それが終わると助手席へと乗り込んだ。

「じゃあ出発しますね。大体二時間半くらいかな」

そういうと多田さんは車を発進させた。

「これ社用車なんですけどあんまり調子良くなくて」

ハンドルを握りながら彼はそう言った。僕はいわゆる愛想笑いを浮かべて答えた。

だが、彼の方を見るとまだ何かしらの問題があるようだ。

「実はボク、都市高速とか使いなれてなくて、あれ、どこから乗ればよかったっけ?ナビ古いからでないんすよー、もうー。あー困った。」

どうやらかなりテンパっている様子だ。この時の僕はといえば、車を運転しながらあたふたする人を見るのは初めてで、そう…観察の対象として眺めていた。

不安が人にどういう作用をもたらすのか、それを知った瞬間だった。


とはいえ、多田さんもなかなか勘がよく、無事都市高速に乗ったら、きちんと北行きの高速にたどり着き、本線へと合流してみせた。

しかし、多田さんは、そこでこう言った。

「わたしスピード出すの怖いんですよねーふふふ」


本線に合流して、さらにら北のほうに進んだ頃、車線が片道一車線へと変わった。

そしてまもなくして、僕は多田さんの「ふふふ」に隠された意味を理解した。


「あらら、まずいなー」

しばらくすると、多田さんはミラーを覗き込みながらそう言った。そして後ろを指差す。

僕は後ろを振り返った。

…数台の車が列をなしている。

「こうなるんすよ。高速に乗るといっつも。だから嫌なんですよねー」

それでも多田さんは自分のペースを崩すことなく次のサービスエリアまで見事に運転しきった。

次のサービスエリアまで、と言っても山あいの車線が一車線のエリア。距離もそれなりにある。それでも多田さんは己の多田イズムを曲げることはなかった。


次のサービスエリアに着くと、彼はこう言った。

「飯食っていきましょう。」

どうやら、ここからすぐの降り口で降りたらすぐらしい。ご飯は多分ないだろうからここで食べようということになったのだった。

ご飯はたぶんない

買うところもない

軽く聞き流したが、これがどんな意味を持っていたのか、僕はこれから身をもって知ることになるのだった。




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