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ズボラと欲望にまみれたあるOLの末路

「眩しい…」
レースカーテンの隙間から朝日が差し込み、半分寝ぼけている顔面に直撃する。

今日も変わり映えの無い一日がはじまるんだ…。

洗面し、自分を武装する化粧を施してから、お決まりの衣装を身につける。
今日は月一回の会合でお茶出しという重要業務があるのだ。
派手になりすぎず、かといってダークめな色合いでは仕事へのモチベーションをかなり下げてしまう。
よし、今日はこれでいこう。
いつもの無難な青地の小花柄のワンピースを身に纏い、さぁリップを塗ろうと化粧ボックスを開けるも、いつも使ってる口紅がない。

「うそ~、時間ないのに~」
焦る私は、常に溢れかえっているその化粧ボックスの中身を床にぶちまけ、目をかっぴらき、大山と化したそれらからお目当てのものを探す。
「ん?」
ガサゴソさせていると、ファンデーションやアイシャドウパレットに混じって、見慣れないデザインのリップが顔を出した。
シルバーの輝きに一点、なぜかヤシの木の絵が描かれている不思議なデザインなのだが、いつどこで買ったのか思い出すことができない。
「もういい、これでいいや」
時間のない私はキャップを乱暴に開けて、ろくに色合いを確かめることなくグリグリと唇に塗りたくった。

その瞬間。
「えっ?何?」
昨日美容院で掛けてもらったゆるめパーマのボブが突然真っ黒に伸びていき、昨晩丹念にパックした肌が小麦色に変わっていく。
「えっ、どういうこと?」
とまどうこちらの気持ちなどお構いなしに、鏡の私の風貌があれよあれよと変わっていく。

「…」
鏡に映る焦点が全く定まっていないその人は、まるで外人になったのかと思うほどツンと高い鼻とアイプチいらずの二重瞼の知らない女だった。

私は幻を見ているのではないか…。
だが何度ほっぺたをつねってみても、引っ張った後に残る赤みだけ。
とてもじゃないが、これでは会社にいけない。
「これ、元に戻るわけ…?」
お先真っ暗な頭の状態で、私は先ほどぶちまけた山積みの化粧品たちに目をやった。
その中に一点、やたら輝いているものがある。

「あれ?あんなリップあったかな?」
私がおもむろに手を取ったのは、これまた見覚えのないデザインのリップ。
薄ピンク色をベースに、小さい雪マークやらレース模様などがちりばめられており、まるで原宿を闊歩するロリータファッションを彷彿とさせた。
ゴクリとつばをのみこみ、今度はゆっくりキャップを外した。

5分後。

鏡に映っていたのは、先ほどのゴリゴリラテン系から一変し、まるで綿あめみたいなフリルと繊細なレースがこれでもかと盛り込まれているドレスを身に纏ったこれまた別人だ。
顔も透き通るほど白い肌にぽわっと赤みを帯びた頬とツヤツヤに光る唇が、異性から放っておけないオーラを漂わせている。
「ほわぁ…」
普段の私なら絶対に手を出さないジャンルだけに、いつもとは違う非日常な姿が何ともいえない違和感を醸し出している。

もう何が何だかすぎて、おかしみがこみ上げてきた。

これはきっと、平々凡々に過ごしてきてすっかりつまらない人間と化してしまった私へのサプライズ、きっと神様から仕掛けられたドッキリに違いない。

もしかして、他にもあったりして…。

私は我を忘れ、取り憑かれたように山と積もる化粧品たちを漁っていく。
「これだ、これこれ」
目についた様々なデザインのリップたちを手に取り、次々と唇に当てていく。

時には英俳優よろしくキザなスパイを思わせるダンディー紳士になったり、真夜中の蝶のように華麗に舞う妖艶なダンサー風に変身したりと、まるで自分を着せ替え人形のように、目についた珍しいデザインのリップたちを唇に塗りたくった。

気がつくと、外は真っ暗。

もうさすがに試していないリップはないだろう。
そう思いながら、私はすっかりエベレストに負けじと積み上がった化粧品たちに手を突っ込み、リップらしき形状のものをむんずと掴んだ。

「へぇ~、何だか今までとは違う感じだわ…」

掴んだそれはどのリップたちよりも異様なオーラを放っている。
それはまるで漆黒の闇を思わせるデザインで、一見変わったデザインの印鑑ケースのようにも見えるそれを、私は恐る恐る顔に近づけていく。

「本当にリップなのかしら?」
そう思いながらゆっくりとキャップを取る。
中から現れたのは、インクのように艶やかな黒。
はやる気持ちを抑えるようにゆっくりと繰り出して、唇に乗せていく。

すると突然、外から激しい雷音が聞こえてきた。
くっきりとした稲光に釘付けとなった私は、ハッとなり思わず鏡を見た。

そこにいたのは、この世のものとは思えないほどに目尻がつり上がり、肌は驚くほどの土気色を帯び、唇は怖いほどの紫色に変色してしまっていた。

先ほどまでの清楚な黒髪ロングヘアーは逆立っており、その様はまるで某有名アニメ映画に出てくる魔女そのもののようだ。

「ちょ、何よ、これ」
私は鏡に映る激変した姿に戸惑いながら、いましがた唇に塗りたくったその黒リップをもう一度眺めた。
よく見ると、キャップの辺りに何やら文字が書いてある。

よく目をこらして読んでみたところ、その一文に背筋が凍った。

「これを手にしたら一生の終わり」



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