ホンモノを知る


ラグビー観戦以外、TVにかぶりつきになることがない夫が、珍しく熱心にTVを見ていた。
しかも、その放送を録画までしている。

見ると、北極圏を旅するサバイバル登山家のドキュメンタリーだった。

数日後、なんとなくその録画していたドキュメンタリーをひとりで見始めた。
するとどんどん引き込まれ、見終わったあとは、深く感動さえしていた。

夫に「サバイバル登山家、見たで」と告げると、
「どうやった?」と聞いてきたので、

「、、、ミーシャや。あのひとはすごい。本物や」と感想を述べると、
夫は深く頷き、「だろう?」と満足げな顔で言った。


ミーシャとは、サバイバル登山家が旅の道中で出会う、トナカイの放牧をしている現地の青年のことである。

彼は自然や動物のことを熟知し、ただ淡々と状況を見極め、判断し、行動していく。
街中で生活しているわたしたちが失った感覚を、彼はすべて持っているように思えた。

そしてただ単に自然一辺倒なだけではなく、ビートルズが好きなんだとMP3プレーヤーを持ち、夜寝る前には必ず読むという、ぶ厚いSF小説をうれしそうに見せたりする、カルチャーも愛する心を持っている姿を見ると、もう感動せざるを得ないのだ。


わたしは自然と共に生きる生き方にすっかり魅了され、気づいたらTSUTAYAに走り、黒澤明監督のロシア人探検家の探検記録をもとに作られた’デルスウザーラ’という映画を借りていた。

劇中での台詞、

「太陽が一番偉いひと 太陽死ぬとみんな死ぬ 月は二番目に偉いひと」

「大自然の中で人間はあまりにも小さかった」

に感銘を受け、気づくと図書館に走り、映画のもととなった探検記’デルスウザーラ’と、安部公房の’けものたちは故郷をめざす’と、開高健の’輝ける闇’を勢いで借りていた。

デルスウザーラに関しては、ページを開くと二段編成の小さな文字だ。
去年悶絶しながら読んだ、ガルシア・マルケスの長編小説’百年の孤独’を思い出し、頭がくらっとなり、一瞬静かにページを閉じた。
衝動的とはいえ、腰を据えて読むしかない本ばかりを目の前に、しばらくぼおっとした。

結局内容もよく覚えていないが、人間は常に変化し、冒険したい生き物だということはわかった。

死ぬ前に一度はミーシャのような厳しくも美しい自然相手に生きている人間に触れてみたいと思いつつ、今日もぬくぬくのこたつに肩まで入りながら、チップスをばりばり食べ、SNSを血眼で眺め、煩悩にまみれている。



2018.1.18『もそっと笑う女』より


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