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【物語】夜を超えて #2

 どうやってダンジョンへと辿り着くのだろう。キョロキョロと辺りを見回してもそれらしき手段はなさそうだ。急かされるままミラージュの地上街に出てきたけど、分からないことが多すぎる。ハサティ・ターバ氏が昏睡状態に陥ったってノヴァは言っていたけど、それとルミアとペルジーダの若者召集は一体何の関連があるというのだろう?
 ダンジョンは、ミラージュ地上街の中で一番高い建築構造をしている。だけど、ルミアからもペルジーダからも誰一人として訪れたことがないという噂がある。それもそのはず、「訪問方法がない」からだ。旧約聖書に登場するバベルの塔並みにとてつもなく高い建物だが、階段やエレベーター、梯子はおろか上のフロアに辿り着く方法を知らない人が大勢いるのだ。でも、今回こうして招集がかけられた、ということは何かしらの方法が用意されているのだろうか。
 そんなことを考えているうちに、ダンジョンがの門前に辿り着いてしまった。衛兵が二人、護衛用の長槍をがっちりと掴みながらこちらを睨んでいる。
「あのぅ…。召集命令で来たペルジーダの者なのですが...」
蚊の鳴くような声で恐る恐る衛兵の一人に声をかけた。取って食われなきゃ良いんだけど…。
「うむ、ペルジーダのクレーシアで間違いはないかね?」
「は、はい」
「よろしい。では、君にはこれからダンジョンの最上階に行ってもらう。そのためには…」
言い終わらないうちに、衛兵はホイッスルを手にして勢いよく吹き鳴らした。すると、空からゆったりとクジラが降りてきた。
「?!」
でもそのクジラは、普通のクジラとずいぶん形状が異なっていた。ヒレの部分が鳥の羽毛で覆われていて、髭の先には星の形をしたものがくっついていた。
「このクジラに乗ってダンジョンまで行ってもらう。何、心配はいらないさ。バランスを取って、こいつの長い髭を手綱代わりに掴めば良い」
「わ、分かりました」
 そうは言ったものの、クジラに乗るなんて生まれて初めてだったし落ちるんじゃないかと気が気ではなかった。ゆっくりと片足を背に乗せたときはそのあまりの不安定さに、冷や汗が出た。
 ずいぶんと時間をかけて体勢をなんとか整えた後、衛兵はこう言った。
「よし、準備はいいか?ダンジョンに着いたらルミアからも一人使者が来ているはずだ。そいつと一緒にサハティ・ターバ氏を助けるためのミッションを伝えられる。心して聞いてくるように」
恐怖心でそれどころじゃなったけど、なんとか相づちだけはしっかりして、ぎゅっと髭を掴んだ。その様子を見た衛兵は再びホイッスルをけたたましく吹き鳴らした。即座にクジラは羽毛で覆われたヒレを優雅に宙にはためかせ、ダンジョンへと私を連れて行った。

 「ちょ、ちょっと、もう少しスピード落としてよ…!!!」
恐怖で声を震わせながらも、勢いよくダンジョンめがけて飛翔したクジラを怒鳴りつける。大の高所恐怖症である私は、まともに下なんか見たら失神してしまうのでクジラの背中だけを見るように心がけた。
 ミラージュには朝がない。ずっと夜のままだから気温も低い。全身に受ける風は刃のように体温を奪っていく。
 それからどれくらい時間が経っただろう。ダンジョンの中で窓が一つだけついている場所の隣にクジラはゆったりと身体を近づけ、停止した。
「え?着いたってこと?」
 答えてくれるはずもないのに訊いてしまって、なんだか変な気分。
 落ちないように細心の注意を払いながら、窓枠に手をかけて、中に入った。
「すみませーん…。ペルジーダの者なんですが…」
 辿り着いた部屋の中はぼんやりとランタンの光が灯され、少し埃っぽかった。奥にはベッドが一つ置かれていて、誰かが眠っている。あれが、サハティ・ターバ氏?その隣には、片眼鏡をかけた白髪の執事らしき人が立っている。
「着いたか。君はペルジーダのクレーシア、だね?」
「はい。召集命令でこちらに伺いました」
「よく来てくれた」
白髪で長身の執事みたいな人はくるりと振り向き、私の頭からつま先までじっくりと眺めた後、おもむろに口を開いた。
「さて、君は何故このダンジョンに呼ばれたかいまいち見当がついていないだろう。ペルジーダで唯一10代である私がどうして今まで足を踏み入れたこともなかったダンジョンに…と。違うかね?」
「全くその通りです。どうして私なんかが召集されたんですか?しかも...もしかして他に呼ばれた人はいないんですか?私だけ?」
「うむ。話さなければならないことがたんとあるのだが、まずは、君に確認せねばならないことがある」
「はい」
「来陽祭についてどの程度把握しているかね?」
「え?来陽祭…ですか?」

ここで、読者の皆に来陽祭について軽く説明しておこう。
来陽祭は、1年に一度開かれるミラージュ一盛り上がる祭り。マスターであるハサティ・ターバ氏にお題の代物を献上する競走大会のようなもの。ミラージュを代表する財閥グループ4グループ・リドット、メラルダ、クラナテ、セフィーロ がそれぞれグループ内でメンバーを選出し、お題の代物についてのヒントが書かれた「お品書き」を基に代物を見つける。制限時間は1週間。一番早く代物を見つけて献上できたグループが優勝する。優勝グループには3億ジスト(日本円にして3億円)が褒賞として与えられるから、どのグループも目の色を変えてこの来陽祭に参加するって訳。
毎年、献上する代物は異なっているし、どこにあるのかも誰も分からない。だけど、それでも必ずどこかのグループが見つけ出して献上しちゃう。本当に感心しちゃうよ。おっと、話が脱線しそう。これが来陽祭の詳細だ。

「…というのが来陽祭ですよね?」
記憶を頼りに何とか説明を終えた私を見つめ、白髪執事はうんうんと頷いた。
「そう。よく知っているな。きちんと来陽祭が何たるかを心得ていてくれて嬉しいよ。あぁ、そうそう自己紹介が遅れてしまったね。私はハサティ・ターバ様の召し使いをしている、ジェラルドだ」
「…来陽祭を心得ておくことと、召集されたことは何か関係があるんですか?」
「大いに関係があるとも。実は、君に見せるものがある。こちらへ来たまえ」
くるりと背を向けてジェラルドは大きな部屋の隅に置いてあるトランクの前に私を案内した。焦げ茶色のトランクは存在感があって、年季が入っていた。かがんで中を開けて差し出されたのは、数えきれないほどの「代物」だった。
「これって…今までの来陽祭で献上された代物の数々?」
「その通り。これは昨年の代物である伝説の玉の小刀の破片。こちらは一昨年の代物のユニコーンの角。そしてこれが毒リンゴのエキス。そしてこれが…」
数えきれないほどの「代物」がトランクの中所せましと並んでいて、息を飲んだ。一体来陽祭はいつから開催が始まったんだろう?
「代物は一体何のために集められたんですか?」
「うむ。ミラージュの住民たちは皆知っての通り、この惑星には朝というものがない。爆発によって隕石の破片が光源惑星に突き刺さったことがきっかけで、破壊された。それ以来、世界は真っ暗闇に覆われた。300年間ずっと。だが、ハサティ・ターバ様はある日、再び朝を取り戻す方法を見出した」
「え?!」
「彼は密かに他惑星の住民、それも権威ある長老たちや学者たちと交信をしていた。空飛ぶクジラに書簡をもたせて、状況伝達を行いながら。光源惑星を再び復活させる方法を共同で調べていたんだ。このミラージュを治めるマスターとしての責務を果たそうと、ハサティ・ターバ様は必死に情報収集を行った」
「その、朝を取り戻す方法というのが、もしかして来陽祭の代物献上と関係があるってことですか?」
「ふふ、鋭いな。その通り。交信の結果、光源惑星復活のためには、全部で25の代物が必要だと言うことが分かった。これまで、24の代物を4財閥の中から各年献上してもらった。そして、25番目の代物。これをクレーシアには探し出してほしい」
「え、ちょ、ちょっと待ってください。今、『クレーシアには』って言いました?ルミアからも10代の若者が来るはずでは?!」
確か、『ルミアとペルジーダから10代の若者全てを直ちにダンジョンに召集せよ』ってお触れには書いてあった気がするんだけど…。
「その件なんだが…ハサティ・ターバ様の昏睡状態の原因は何やらルミアの連中にある可能性が非常に高い。1週間前、ルミアの訪問者からこんな袋が届いた」
くるりと食器棚の方に向かい、引き出しから茶色い小包みを取り出し、ジェラルドは私にそれを差し出した。小包にはゲルヴェナの政府紋章であるGとVが重なったマークが書かれている。
「これって…ゲルヴェナとルミアが手を組んで送り付けてきたってこと?」
苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべてジェラルドは、私からの問いに重々しくうなずいた。
「中身は国が指定する強力な睡眠薬だった。一度口にすると目覚めることは困難だと言われている程の危険な薬。だが、ハサティ・ターバ様は就寝前にお茶に混ぜて飲んでしまった」
「そんな…ミラージュのマスターであるハサティ・ターバ様に反旗を翻すなんて…。しかも、ルミアまでそんな恐ろしいことに手を染めるなんて。信じられない」
「奴らが一体どんな恨みをハサティ・ターバ様に持っていたのかは分からない。現在、差出人である10名の関係者を逮捕し、事情聴取を行っている。なお、リドット、メラルダ、クラナテ、セフィーロのメンバーからは来陽祭出場の辞退の申し出があった。ゲルヴェナとルミアから受けた今回の非常事態が広まってしまい、皆、巻き込まれることを恐れている…」
深いため息を1つ着いた後、掠れるような声でジェラルドはこう言葉を続けた。
「お触れのことは許してほしい。君を欺く手法を取ってしまった。クレーシア一人が召集されたとなれば、君はきっと来ることを拒むと思ったからね」
寂しそうに微笑むジェラルドを見て、思わずうつむいた。彼の言葉を100%否定できるほどの勇気も度胸も今の私にはないから。
「…私は何をすれば良いのですか」
「セイレーンの巻貝を取ってきてほしい」
「セイレーンって…神話に出てくる人魚のセイレーンですか?美しい歌声で人を惑わして海に引きずり込んだり食べちゃう、あの?」
「そう。セイレーンの歌声は邪気を消し去る不思議な力を持つと言われている。お品書きによると、その歌声を閉じ込めた巻貝は、別次元の世界にある箱の中に隠されているそうだ」
「それを探すことが、私の、使命」
「引き受けてくれるかい?」
「…......はい。やります。私、必ず、セイレーンの巻貝を手に入れます」
不安が頭にちらついた。本当に成し遂げられるの?私、1人でやるんだよ?たった15年しか生きてないこんなちっぽけな私が、って。靄がかかったように頭の思考を整理できない。でも、再び光源惑星がよみがえって朝を見ることができるのなら、やらない訳にはいかない。

 小さいながらも精一杯の決断をしたその夜、人工光物がいつもよりやけに眩しく目に映った。

4463字
ー第3へ続くー



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