モノかき彼女と絵描きのボク _ Day 1

Day 1 - AM 10:03 -

 彼女の朝は、だいたい遅い。
 根っからの夜行性なので、夜が更けるとともにエンジンがかかり、空が白むに連れて回転数が落ちてくるタイプだ。
 もっとも、ボクらのような仕事をしている場合は、夜行性というのはそんなに珍しいことではない。
 かく言うボクも、普通の勤め人ならとっくに仕事を始めているような時間に目が覚めたわけなので、あまり人のことは言えないのだが

もっとみる

彼の男

「ただいまぁ」
 帰宅した祭七緒を迎えたのは、これ以上もないほどの沈黙だ。玄関の明かりは辛うじて点いていたが、それ以外の部屋は確認できる限り真っ暗である。
「嶺二さーん?」
 家主兼恋人の名を呼びながら書斎を覗くと、予想通り、神谷嶺二はノートパソコンに突っ伏して眠っていた。気絶しているといった方が正しいかもしれない。マンガのような人だと思う。またきっと何か、七緒には良く理解できない彼の研究内容につ

もっとみる

砕けろ。

とりあえず、iPhoneを手放すところから始めることにした。

ベッドの上であぐらをかき、煙草に火を点け、深く長くため息を吐く。神谷昌子はそれなりにソシャゲの鬼である。いや、鬼と呼ぶにはまだまだヒヨッコかもしれないが、暇さえあればゲームに興じてしまうし課金もそこそこにしている。今の職場に入ってから身に付いた趣味だ。以前は読書や脚本書きの真似事に費やしていた時間を、すべてゲームに注いでいる。理由は簡

もっとみる

三連姫・29

ふいに、貴矢の眼差しが冷ややかになった。
「俺は昴を、軟弱ながらももうすこし筋を通せる男だと思っていたよ。宇津舞歌をあんな目に遭わせておいて、後は知らないって? で、自分だけいけしゃあしゃあと青春を謳歌しようってわけ? ずいぶん厚かましいものだな」
 昴は青ざめた。そんなと言いかけたが、口が強張って言葉が出てこなかった。
 そう、目の前にいるのは、ただ昴が苦手とするだけではない、鐘乃井貴矢は、昴が

もっとみる

【金魚譚】真夜中の来訪者

午前三時。
 蜷川邸の寝室に、ベッドのスプリングが激しく軋む音は響いている。

 暫くして、事を終えた夫婦がそのまま寝息をたて始めた。

 その一時間後。
 夫の漆が眼を覚ます。

 程なくして、ぐっすり眠っている妻の美嘉を一瞥し、冷え切った部屋から漆は出て行った。

 漆は喉が渇いたのだろう、一階のキッチンへ下り、冷蔵庫から麦茶の入ったガラスポッドを取り出し、それをコップに注ぎ、一気に飲み干した

もっとみる

いつか輝く星になれ #29「夏の恋」

秋田にもじんわりと暑さがやってくる時期になり、県内の各球場では高校野球の夏季大会――すなわち甲子園行きを賭けた県大会がスタートしていた。秋田学院は今大会でノーシードながら、すでに2校を破って3回戦まで進出していた。
 春奈は、怜名とともにクラスの生徒たちと市営球場へ応援にやって来ていた。吹き付ける風は関東よりは幾分か涼しいものの、それでも汗がにじむには十分だ。スポーツドリンクとフェイスタオルを片手

もっとみる

文字書きワードパレット 10.ベルスーズ 〈子守唄〉

夢のなか、水龍の娘・オフィーリアは確かに聴いた。苦しいほど息を詰めた女の歌声を。オフィーリアは、鼻腔に残るかすかな葡萄酒の香りに酔いしれつつ、ほの明るい森の小道を歩いていた。起立する二本の脚を有することも、何ら不思議に思わなかった。そう意識すると逆に、なぜ不思議に思わないといけないのかが引っかかるのだった。だが思考の扉には鍵がかけられ、深く考えるのを止められている。深く考えたいとも思わない。彼女自

もっとみる

抜けた乳歯を庭へ投げたら、翌日には、もう芽が出ていた。

白い花を咲かせるのが、1ヶ月後。花が受粉して『永久歯の実』ができるのは、さらに1ヶ月先だという。

乳歯が抜けたことで、できた歯茎の穴に、舌を入れてみる。まだちょっと慣れない。

この穴に『永久歯の実』を埋めると、永久歯が育つのだという。

庭を歩いていたおじいちゃんが、立ち止まり、一本の枯れた花をもぎ取った。
「そろそろ、いい実が成っ

もっとみる

【創作小説】王子様の趣味

死んじゃった時はどうなることかと思ったけど、あの日あの時、彼が通りかかってくれて本当に助かったわ!

おかげで私はなんとか息を吹き返すことができて、意地悪な継母への復讐も果たせて、命の恩人である彼とはめでたく結ばれ、豪華なお城で暮らすことができるようになったんだもの。

誰もが羨む完璧なサクセスストーリーにうっとりとしたため息を漏らす私の横で、彼は言った。

「おっと、もうこんな時間か。長くはここ

もっとみる

【連載】訪問者4(魔法仕掛けのルーナ22)

(このシリーズがまとまっているマガジンはこちら)

 アレクは砂利道に立っていた。両脇は背の高い石の壁で、正面にまっすぐ行くと左右に道が分かれているようだ。突き当たりに植え込みが見える。
「おっと、立ち止まるなよ。行った、行った」
 急かされて振り返ると、先ほどくぐった煙のカーテンからジョージが顔を出したところだった。アレクは慌てて後ずさった。
 間も無く煙の中からジョージが全身を現し、アレクの横

もっとみる