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共犯者は何故もっとも親密な関係なのか? 『裏世界ピクニック』の台詞の謎に迫る

 宮澤伊織『裏世界ピクニック』は紙越空魚(以下空魚)と仁科鳥子(以下鳥子)が裏世界と呼ばれる異世界で出会い、その世界の謎を追いつつ、鳥子は(やがて空魚も)失踪した閏間サツキの謎に迫る異世界冒険譚です。

 この作品の第一巻で鳥子が空魚に裏世界から帰還後に再会した際、二人の関係を指して「知ってる?共犯者って、この世でもっとも親密な関係なんだって」という非常に印象的な台詞を述べるシーンが登場します。この台詞は各レビューでも言及されるほど印象に残る台詞なのですが、これをどう解釈すべきか、実は少し疑問がありました。確かに「裏世界」という秘密を共有する関係、行ってはいけない場所に行く関係という意味で「共犯」と考えることができます。直前の台詞は「でも、共犯者としては最高?」という台詞が置かれているため、この解釈でも不自然さはありません。でも「この世でもっとも親密」なのはなぜ?この疑問が残ります。

 『裏世界ピクニック』のタイトルや構想はストルガツキーの『ストーカー(原邦題『路傍のピクニック』)』をたたき台にしていることは著者自身が言及しています。また本作は強く「百合」を意識して書かれていることも著者自身が言及しています。ということは、この極めて強い印象を残す台詞にも何か翻案になる作品があるのではないかと。ところが様々なレビューを見ても、台詞が印象的であることは多く言及されているものの、上述の素直な解釈以上のものは見当たりませんでした。うーむ、消化不良です。

 いくら小説を読み返しても翻案の元を示唆するような描写は見当たらず、私の思い込み過ぎか、或いは深読みに過ぎるのではないかとの疑いも拭えなかったのですが、ここでもう一つの補助線に頼ることにします。2021年1月からAT-X他で放映されたアニメ版『裏世界ピクニック』です。放映自体はリアルタイムで見ていたのですが、改めて見返してみると思わぬ発見が。

 第一話冒頭、小説同様最初から死ぬピンチな空魚の前に現れる鳥子。ここは小説と同様の展開です。そして鳥子が空魚を救い出すというプロセスも同様です。ただしここで注目したいのはこのシーンの描かれ方です。実は空魚と鳥子の関係を示す描写の中で派手なエフェクトを加えたショットが描かれるのはアニメ版全12話の中でもこのシーンだけなのです。そしてこのシーンは小説版とは異なるアニメ版の特長でもある視覚性が最高に生きている場面です。

 冒頭の1分55秒から2分4秒までの10秒弱のカット。ここにヒントが隠されています。派手なエフェクトを伴って空魚が鳥子に抱き抱えられるこのシーン、1分58秒からの2秒間の構図はある作品の構図にとても似ていることに気付きました。その後に空魚と鳥子の切り替えしカットが続くため親密性の示唆になっていますが、その後の「オフィーリアかと思った」という台詞でついつい見落としてしまいがちなこのたった2秒のカットが重要です。

 鳥子が力強く空魚を抱え、空魚は画面右上に頭、左下へ下半身が流れる斜めの構図、このカットはある作品のあるシーンに酷似しています。それはアニメ版『少女革命ウテナ』で天上ウテナが姫宮アンシーからディオスの剣を取り出す時の構図のオマージュと捉えることができます。こちらのシーンもウテナがアンシーを抱え、アンシーは体重をウテナに預け、やはり全身が斜めに流れる描写です。そう考えてみるとショートカットとロングヘアの組みあ合わせウテナとアンシーと重なって見えてきます。そしてディオスの剣を取り出すシーンで描かれる光線のエフェクトはアニメ版『裏世界ピクニック』で鳥子が空魚を助け出し抱え上げるシーンの直前の水中で使われているエフェクトでもあります。

 この解釈はそこまで的外れでもないと考えます。宮澤伊織が「百合」に拘り、その愛好者にも十分堪え得る作品を描き出そうとしているとした場合、ウテナとアンシーを巡る物語も参考にしている可能性は大いにあります。ただしここで一つ考慮すべき必要があります。『少女革命ウテナ』はテレビ版ではウテナはあくまで「王子さま」、つまり異性の代替としての存在として描かれるため、アンシーがウテナの想いを受け入れた時にはアンシーの元にはウテナがいません。これでは空魚と鳥子の関係はあるいはうまくいかない可能性を示唆することにもなってしまいます。しかし、『裏世界ピクニック』の本編後にコミカルに描かれるコミカルパートを「かしらかしら」で有名な『少女革命ウテナ』の影絵パートのオマージュと考えると、ますますこの参照は当たっている気がします。

 そこでさらに『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』(劇場版/以下黙示録)に着目することにします。劇場版がテレビ版と大きく異なるのは、終盤アンシーが自身の意思で閉じられた世界から脱出する展開です。黙示録では冒頭の決闘のシーンでアンシーの頭が右上、下半身が左下へ流れる描写がなされ、決闘後には水泡が流れるシーンが挿入されています。こちらを参考にした方がさらに良さそうです。

 さっそく黙示録の最終盤を見ていくことにします。ここでは車に変身したウテナに乗り閉じた世界から脱出するアンシーが描かれますが、注目すべきは無事脱出した後、文字通りのエンディング手前です。出口を抜けた先で、フレームだけになった車体の上でウテナとアンシーが裸で親密さを示す印象的なシーンがあります。ここでのウテナの台詞に注目です。「僕たちは、王子さまを死なせた共犯者だったんだね」。これです!「共犯者」!ここの描写ではアンシーから求めるようにキスを交わすなど、受動的なアンシーとそれを救う王子さまと言う構造から明らかに脱却し、ウテナもまた王子さまを殺したことを自覚することで王子さまの代替であることを止め、ウテナとアンシーが対等のパートナーになったことを暗示しています。

 ここまでくれば「共犯者」が「世界でもっとも親密な関係」であることが『少女革命ウテナ』に典拠する台詞であることが理解できます。ウテナとアンシーは閉じた世界から世界の果てを目指し、いわば作品世界の中で「もっとも親密な関係」を構築します。この台詞をベースにして、『裏世界ピクニック』の「共犯者って、この世でもっとも親密な関係なんだって」という台詞があるのだと捉えることは至極自然な解釈であると思えます。あの印象的な台詞にはしっかりと背景となる作品が存在したのだと考えると、いっそう印象深い台詞になる気がするのは私だけでしょうか。

(注)本稿は京都芸術大学の課題レポートを大幅に加筆、改稿したものとなります。

 

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