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《木曜会:2月22日》

冬の長雨は困る。どう困るのか具体的に挙げるとキリがないのだが、大きくまとめると外出が面倒くさいのだ。外出が面倒ということは、会社に行くのが面倒ということで、会社に行くのが面倒ということは仕事をするのが面倒ということになる。

ただ、2月9日からの連休はよい天気だったことが救いだった。正月の帰省を1ヶ月ばかり遅らせて2月に帰省したのだが、幸いに暖かく好天に恵まれた。お天気が良いと、湧き出してくるいろんな発想が行動へと結びつくのが早く、それもまた良い。雨の日はその逆だ。

会社が終わり、北浜にある猫のひたいのような店コロマンサへ行く。しとしとと冷たい雨が降ったり止んだりしていた。

明日から何の予定も入れてない、入るアテもない、そういった連休が始まるので心なしかいつも以上にお酒が飲めそうな心持ちであった。

店に行くとテーブルの上に何やら茶色い図面のような大判紙を広げている版画家の柿坂万作がいる。私の顔を見るや、そそくさと図面を丸め込みどこかへしまう。会話もないまま1時間ほどが流れた。今日はまさか私と版画家が二人きりの夜になるのではと、ちょっとおっかなかった。

火星移住計画の話しとかされたら、すぐ帰ろうと思っていたのだ。

すると、北浜の青山ビルでギャラリーを営む自称309才の女がやってくる。
ギャラリーの女がいうには私が書いた本ブログの《木曜会が1周年を迎えるので》を読んで、興味が沸きやってきたのだと教えてくれた。

「人がいっぱいで、何か面白そうなことをされているのだろうと期待して、聞き耳を立てに来たんですよ」と言う。

ギャラリーの女は店内を見回すまでもなく、「他のお客さんは?」という目線で私を見る。「今日は冷泉さんは休みですし、天気も悪いので誰もいませんよ」と私。「全然おもしろくない」と吐き捨てるギャラリーの女。その言葉のあと、タイミングを申し合わせたようにやってきたのはファラオさん。

ファラオさんの顔を見るや改めてもう一度「ちっとも、おもしろくないじゃないですか」とギャラリーの女は私に上告してくる。

ファラオさんというのは、大阪や奈良を中心に古今東西のボードゲーム指南をしている風変わりなおじさんだ。その名も『三郷(35)サイコロクラブ』という、この(35)は年齢ではなく故郷である三郷町(さんごうちょう)の35なのだと思う。ファラオさん本人の年齢はもう少し上で(45)なのだそうだ。

ファラオという名称から荘厳偉大な人物を想像しそうだが、本人はいたって虫も殺すことができなさそうな線の細い優しい男だ。右の頬を打たれたら左の頬も差し出して、最後に命令されずとも財布も差し出しそうな神々しさに溢れた奈良の中年だ。それは本人のXでの投稿にも表出している。

《2月26日Xへの投稿より》https://twitter.com/35saikoroclub35

おはようございます今日の奈良の日の出が6:31なので出勤時間に太陽を拝めるのも間近ですね。まだまだ朝は寒いので今週も油断せず頑張ろう!

ファラオさんのXへの投稿より引用

この文面で気になるのは「油断をせず頑張ろう!」という一文である。

土日祝はボードゲーム会を主催しながら、日の出より早く出勤し、誰よりも優しく微笑みかけるこの男をしてこの唐突な「油断をするな」という警鐘は、SDGsボケした私たちの背中へ冷たいものを走らせるに十分だ。彼のボードゲーム会ではたまに子供がいなくなるというデマがあるそうだ。

油断せずに頑張ろう

自称309才のギャラリーの女は霊能者と名乗る人物から散々といろいろなことを言われたという。

「5年くらいに一度の周期で霊能者が私のところへやってくるんですよ」
「それは同一人物?」とはファラオさん。
「いいえ、すべて別人なんですよ」
「なんでもかんでも警戒なく話しを聞いてあげるから仕方ないですよ」と素気ないのは私。

その霊能者から「あなたには狐が憑いている」と言われても、「そうなんですよ、だって、私はやっぱりキツネ顔ですから」と平気で答えてしまうところなどは、さすが40年以上もギャラリーをやっている女だ。霊能者とは格が違うなと率直に感じる。霊能者だキツネだなんだという話しは、人狼ゲームかよと笑いを堪えるのに苦労した。

ある日も霊能者はギャラリーへやってきて、私とギャラリーの女の共通の知り合いである種苗研究開発の女に向けて、テーザー銃のように言葉を突き刺して霊能の電流を流し込もうとしたが、種苗研究開発の女はかわしかたが上手で霊能効果はなかったそうだ。

結局、霊能者の方が一方的にワーワー言い出してギャラリーにはもう来なくなったのだと、どうでも良いことを私たちに情報共有してくれた。

すると、私の同僚のタケちゃんがやってくる。明日から連休だというのに子供ディベート大会の撮影があるので今日は早めに切り上げて帰るという。もちろん、会社のスケジュールにそのような表記は見当たらない。

「ツレに頼まれてプライベートでやね」とは、タケちゃん。
「タケちゃん、撮影機材はどないすんの」と私。
「知れたこと、会社の使うねん、会社の機材を自分のスキルアップのために使うねん、それの何がアカンの!賢明に努力してんねん」と、唐突に素っ頓狂な声をあげるタケちゃん。センス抜群やなと私は改めて嬉しくなる。

そんなタケちゃんは、毎日正午頃に出社して会社のパソコンでプロレスを観て、整体に行き、そして帰るを繰り返している。しかし、彼への仕事の依頼は減ることがない。

店の窓をガラっと開けると、まだしとしとと雨は降っている。店の外にある交差点では夜間電気工事が始まる、工事中のバリケードの中心にタケちゃんの自転車がある。まるでタケちゃんの自転車に爆弾が仕掛けられているような警戒態勢にも見える。

「おい!ワイの自転車やんけ!」とタケちゃんは店の外へ出ていく。

油断せずに頑張ろう

次回の木曜会は2月29日。


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