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尊厳を守る闘い。北海道だって同じ事態が起きていたかも知れない・・・ウクライナ🇺🇦の人々に思いを寄せ続けたいー何もできない無力感にさいなまれながらでも・・・(10)

(冒頭写真=ロイターは、Sankei.comからの転載)

以前、「ウクライナ🇺🇦の人々に思いを寄せ続けたいー何もできない無力感にさいなまれながらでも・・・。(2)」で、私は以下のような記事を書いた。

多くの国民の生命を守るためにロシアの要求に応え、国家の主権を捨てますか?
              それとも、
多くの国民の生命を犠牲にしても国家の主権を守るために、ロシアの要求を拒否しますか?
あなたがゼレンスキー大統領ならどちらを選択しますか?


今朝のニュース番組での問いに、解説者の先生は非常に哲学的な問題で即答はできないと答えていました。

その時は、私にも答えが出せなかった。でも、今朝の新聞で納得できる記事に出会った。以下、引用したい。出典は、2022年4月14日付朝日新聞 憲法季評
日本が守るべきものは何か 生命と尊厳と 重い問い   松尾 陽 氏

「(中略) そもそもウクライナの人びとがロシアの侵攻に対してどのような姿勢を示すかは、基本的には彼らが決めるべき問題である。にもかかわらず、ウクライナ以外の人びとがウクライナに降伏を勧めるのは、プーチン大統領に与することと変わらない。「欧米の影響からウクライナを守る」とも言っていたプーチン大統領の姿勢は、ウクライナの人びとの民主的な選択を否定し、ひいては尊厳を毀損している。(中略) ・・・重要なのは、何を守るべきものとするのかという目標の問題である。

個人の生命がそこに含まれることは疑い得ない。しかし、ウクライナの人びとが命を賭してロシアと戦っている。それは、…現在傷つけられ、また、降伏後も傷つけられることが予想される民主政や尊厳を守るためでもある。

ウクライナ情勢が示しているのは、民主政や尊厳という価値ーこれらも日本国憲法上規定されている価値であるーが、個人の生命という価値と相克することもあるという厄介な状況である。

独裁体制のもとで尊厳がなくとも個人の生命が救われるならばそれでよしとするのか、民主政や尊厳を守るべき価値に加えるのか。ウクライナ情勢が日本に突きつける問いは深く重い。」


この問題は、他国に起こった悲劇などではなく、我々日本にも突きつけられているのだと考えるべきであろう。同じ紙面にそのことを示唆する興味深い、いやゾッとする記事があった。

なぜロシアは力ずくか 周辺国導く「使命」背かれれば憎しみ「解放」の名で侵略   岩下明裕 氏

「(北方領土問題について外交の失敗に触れたあと)「色丹島にはロシア人3千人が住んでいて、そのまま日本に戻っていたとしたらどうなるか、想像して下さい。もしプーチン氏が『日本の統治が悪くてロシア人が迫害されている、彼らを守るために軍事行動をする』といいだしたら?今回のウクライナがそうでしょう。恐ろしいシナリオです」

本当に恐ろしいシナリオである。でもそう遠くない過去に、ソ連が北海道を統治するという案があって、日本は朝鮮半島のように分断されていたかもしれないのだ。そして、21世紀に誰もが想定していなかった主権国家の蹂躙という事態が起きた。あながち空想でもないだろう。


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