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グレートルーザー 第3のリベロ Vol.34

今年は、ジェロム・レ・バンナの雄姿を久方ぶりに目撃できた。ヘビー級が主体だった1990年代後半から2000年代のK-1にあって、抜群の存在感を放った"番長"。1999年のグランプリでは、連戦連勝を誇ったピーター・アーツの蹴りに倒れた直後、カウンターの左ストレートを見舞って大逆転のKO勝ち。立ち上がれず顔を震わせたアーツの表情は、身体をくの字に曲げながらダウンした姿とともに強烈な記憶になった。これで優勝は間違いなしと思えた次の試合でもアーネスト・ホーストを圧倒したが、鮮やかな逆襲を浴びて敗退。勝って豪快、負けても痛快。これぞ無冠の帝王の面目躍如だった。リングは金網張り、試合時間は僅か60秒というBreakingDownの舞台。齢50にしてまだまだ引き締まった肉体を維持するバンナは、アルバート・クラウスやボブ・サップが不甲斐ない姿を晒した同じ日に「元極道」が肩書きのキム・ジェフンを叩きのめす。K-1全盛期を知る世代の一人として、溜飲の下がる思いだった。

高校野球の世界で無冠の帝王といえば、クリーム色のユニフォームを連想する。秋の明治神宮大会では2度の優勝実績があるようだが、夏の甲子園では2度の準優勝が最高成績。延長18回の激闘を演じた箕島戦は山際淳司の「八月のカクテル光線」に描かれ、後年に産まれた私も知るところとなった。松井秀喜が5打席連続敬遠で涙を呑んだ明徳義塾戦、導入初年度の2018年に延長タイブレークで散った済美戦。語り継がれてきた名場面、劇的なゲームではいつも敗者に回りながら、だからこそ記録以上に記憶に名を残してきたのが石川の星稜高校だ。

フットボールにおいては、通算3度もワールドカップの決勝に進出するもいまだ優勝には縁が無いオランダが挙げられる。女子アスリートなら、五輪では4度目も5度目も4位にとどまり、ついにメダルには届かなかったモーグルの上村愛子が忘れがたい。あらゆるスポーツ競技を通じて、実力に見合う結果に恵まれない存在がある。ラグビーでいえば、アイルランドとフランスがその代表格だろう。先週末のワールドカップの準々決勝は"神回"とも評され、4試合が4試合とも熱戦だった。アイルランドはIRB世界ランキングで1位を保ちながら、ラストプレーでは37ものフェーズを重ねながら、オールブラックスことニュージーランドに競り負け、今回もベスト8の壁を越えられなかった。

ホームアドバンテージに加えて、開幕戦ではオールブラックスをプール戦で初めての敗戦に追い込んだとなれば、フランスの初優勝はいよいよ実現するかに思えた。たとえ相手が前回優勝国・南アフリカでも、世界最高のスクラムハーフ、アントワーヌ・デュポンが復帰し、幸先よく先制トライを奪ったのだから、優位は動かないと見えた。3点差リードで折り返した後半、1本でもトライできていたら。本来のスタンドオフ、ロマン・ヌタマックがデュポンとハーフ団を組めていたら。いや、前半の2トライ目のあとトマ・ラモスのコンバージョンキックがチェスリン・コルビの衝撃のチャージに遭わなければ。禁物のたらればをいくら並べても、悔やまれる敗退。「勝敗だけが残って、あとの感情はパリの空に吸い込まれていくような。良いものを観て、感情が揺さぶられて、勝ち負けが小さく感じられる」文を声に代えてもさすがの言葉で彩りを添えたのは、解説の藤島大だった。ときに、勝者よりも深い印象を残す偉大な敗者たち。彼らが切なくも輝かしいのは、勝ちや負けより大きなものを見せてくれるからにほかならない。


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