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新潟の女たちへ

※我ながらものすごいニッチなnoteだ。

私の生まれは新潟である。

以前より新潟県の自殺率の高さには注目してきた。注目というか、実感として本当に多い。これまで生きてきて「XXさんのお父さんが亡くなったんだけど、多分自殺だ」とか友達が自殺で亡くなった経験もある。

自分の周りの誰かが自ら命を絶つということは悲しいだけでなくてとても恐ろしいことで、特に幼いころから自殺することが周りで起きていると自殺も一つの選択肢であることに気付いてしまうのだ。

人口10万人あたりの「自殺率者数」を自殺死亡率としたランキングを見てみる。

2017年度新潟は5位。これでもまぁ悪い数値だが確か2013年には確か全国でトップになった。自殺率と日照時間や気温は密接に紐づいているらしく、大体北国が上位にランクインしてしまう。と、そこまでなら知っていたことだが、上記文春の記事にはさらに「男女別」のデータがあり女性の自殺率だと新潟県がトップであった。


私はこれらのnoteでも書いているように、地元に帰るたびにほとんど毎回嫌な思いをして憔悴しきった状態で東京に戻ってきている。
東京に帰ってきてからほっとして、あぁもう私は新潟の女ではないんだなと思ったりもする。かといって東京の女でもない。

どちらも新潟出身・在住の50代の男性に浴びせられた心ない言葉に腹が立った記事だ。

完全に「セクハラ」や「モラハラ」という表現が当てはまる言葉を浴びせられて何なんだこのおっさんたちは、とその時は確かに腹を立てた。
しかしよく考えるとそれを苦笑いしながら見ていた母や叔母、従妹の「この人は困った人だから」「酔っ払いだから仕方ない」「そんなに怒らないの」といった態度のほうがよっぽどヤバいことのように思えてきたのだ。

彼女らはそういった言葉や扱いに慣れている、ということだろう。心無い人間のほとんど暴力とも言えるような言葉に慣れている。これはとんでもない話だ。

もし私の友達が私の目の前で男性にあんな言葉を浴びせられたとしたら、私はその男性に殴りかかってしまうかもしれない。それくらいの扱いなのに彼女たちは苦笑いをして黙って見ていた。

新潟の女の県民性としてよく「我慢強い」「忍耐強い」と言われる。
そしてさらに離婚率が全国的とても低い。都道府県別で言うと1位~3位をうろうろするレベルである。これもまた「新潟の女性は我慢強いから」などと添えられている記事も見受けられた。
「豪雪の新潟の女は長い冬の寒さをじっと耐え・・・」なんてまことしやかに書いてあったりするが、我慢強くなんかなくて、我慢を強いられているだけではないか、と。

5年前の9月、私の高校・大学の友人が自殺した。
密に連絡をとっていたわけではなかったが、そして私はそういう相手に関しては何の思い入れもなくなってしまうタイプの人間だが、彼女だけはふとした瞬間に元気かな?と気になるような存在だった。
たまに街でばったり会ったりして、その度にかっこいい彼氏を連れていて彼女自身もとても美人で色白で儚い雰囲気があり、私が持っていないもの全てを持っているように思えた。彼女が亡くなったと聞いた時、直感的に自殺だと確信してしまった。そして激しく後悔した。気になっていたのであれば、なぜ声をかけなかったんだと。

そんな彼女のことを思い出してしまいこんな記事を書いた。
新潟の女たちよ、あなたは強くない。辛いことがあったら逃げよう、声を上げよう。

新潟の女は我慢強くなんかない。


お読み頂きありがとうございます。最近またポツポツとnoteを上げています。みなさまのサポートが私のモチベーションとなり、コーヒー代になり、またnoteが増えるかもしれません。