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10年目でエアバスに移るキャプテンの話

昨日飛んだキャプテンが、エアバスに移るっていうんで、いつ始まるの、と聞いたらトレーニングが来週に始まるのでこのデューティがラストなんだという。

まじかよ。

彼は相性のいいキャプテンの一人で、ステイ先でも良くビールをおごり合っていた。妹が日本で英語教師をしていたことがあって、日本のことを良く知りたがった。一緒に乗るたびに私のチプカシを見て「なんだそのクールな時計は!レトロだな!」と毎回叫ぶので、日本のアマゾンで20ドルで売っているぞというと「おれの時計もウェアハウスで15ドルだったぞ」などと、安い時計自慢をしたものだ。

家族を乗せて

その日、最初のセクターを飛んでベースに帰ってくると、女性と子供が2人待ち構えていて、彼を見つけるなり飛びついた。これからやる往復便に、家族を乗せるのだ。何回くらい乗せたの、と聞くと、今回が初めてだというではないか。あぁ、だから子供たちがあんなにはしゃいでいたのだね。着陸後は、子供たちをコクピットに座らせたあと、機外で写真撮影。ベースに戻ってきた子供たちは、父母を振り切り廊下を猛ダッシュしていた。

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彼はうちの会社に入って10年目だ。私と同じで、パイロットになったのは30代と遅かった。ニュージーランドでは結構そういう人が多い。自社養成システムがないので、パイロットと言っても前職が医者だったり、銀行員だったり、エンジニアだったり。大体皆、前職を経験していて、学校を卒業してすぐにパイロットになりました、という連中は少ない。ごくたまに、若いやつもいるけど、そういうやつはだいたい父親がパイロットで、小さいころからエアロクラブでちょこちょこ飛んでいて好きになって、自然にというパターン。

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手前がダッシュ8、奥がATR。違いが分かるかな。

どちらにしても、みんな飛ぶことが好きで、一生、勉強と審査と健康管理が続くこの仕事について、後悔しているやつをみたことがない。特に、前職の経験があるものは、今いるポジションがどれだけ得難いものかってことを知っている。ダッシュ8に乗って10年の彼は、エアバスに行くべきか、すごく悩んだらしい。曰く、

「だって、ダッシュ飛ばすの楽しいし、金はそこそこだし、家族との時間は取れる。この飛行機でキャプテンやっていることに、何の不満もないんだよね。」

彼の「成功」はすでに達成されている。それは、飛ばして楽しい飛行機のキャプテンになって、いい給料をもらいながら家族とゆっくり過ごすこと。でかい飛行機に乗ることを目標とすることはいいが、それが目的かどうかはよく考えたほうがいい。さもないと、幸せを追い求めるばかりで、それを感じずに人生を終えることになってしまうだろう。

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エアバスはこれね。

それでも、彼がエアバスに行くことを選んだのは、やはり給料が違うことと、もう一度FOに戻って新しいことを勉強するのもいいかなと思ったからだそうだ。給料についてもう少し詳細を語りたいが、これは、本稿の後ろで限定公開としよう。

最終フライト

最終フライトでは、スポットインした後にフライトアテンダントが気を聞かせてお客さんに彼のラストフライトであることをアナウンス。感動の瞬間か、と思って左を見ると、飛行機のマイナーな不具合をメカニックに報告するために電話に向かって怒鳴るキャプテン。

「なんかよう、フライトアテンダントが、離陸直後に頭の上からヘアドライヤーみたいな音がしたって言うんだよ!NVS壊れてるのもは知ってんだけどさあ!ヘアドライヤーってのは聞いたことないんだよね!!なんだろね!」

最後の瞬間まで仕事をしているのはえらいが、お客さんも待っている。小突いて後ろを指さすと、なんで客降ろさないのだというので、あんたを待っているんだよ、というと、はぁ!?と言うなり電話を切り、慌ててコクピットのドアに立った。

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ダッシュ8はコクピットドアキャビンの出入り口がすぐ近くなので、お客さんが降りるときによくこうやって挨拶するのだが、今回はほぼ全員と握手までをしたそうだ。

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来週からは広いコクピットのエアバスに移るのだろうが、狭くて、アナログ計器に埋め尽くされたダッシュのコクピットに対し、名残惜しそうにしいていたのは印象的だった。

さて、これ以降の限定パートでは、うちの会社のジェットへの栄転の仕組みと、給料について少しだけ話そうと思います。

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