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現役パイロットから見た飲酒問題 前編

このところ世間を騒がせている、一連のパイロットの飲酒問題。

JAL、ANAをはじめとして、最近はスカイマークもエアドゥIBEXもニュースになっているが、国土交通省から事業改善命令を受けたJAL、厳重注意を受けたANAが、「再発防止策」を当局に報告した(1月18日)。

現役のパイロットとして、各航空会社の、あまりにも稚拙で、安易で、上っ面だけの対応にひどく落胆した。本当に、これで乗務員の飲酒問題が根本的に解決すると思っているのだろうか。

http://www.jal.com/ja/flight/pdf/JAL-jigyo-rep_190118.pdf

今回は、JALの上記レポートから私が気になったところを抜粋し、問題点を考えていきたい。

A) アルコール検査の強化
中略
呼気中のアルコール濃度が0.00mg/lを超える数値が表示された場合には不合
格とする。また、万全を期す為、アルコール検査は異なる検知器*で 2 回実施し、2 回とも基準内となることをもって検査合格とする。当初、検査基準値は0.10mg/l として運用していたが、平成31 年1 月4 日に上記基準に変更した。
*; 検知器故障の際は、同一の機器で2 回検査実施

アウトになる基準値を0.10から0.00に下げても、問題の解決にはならない。今問題なのは、呼気中のアルコール量を「ゼロ」とみなすための境界が大き過ぎた、ということではないからだ。そうではなく、基準があるにも関わらずそれが守られていない、と言う点が問題なのだ。

おそらく、今まで定めていた値が0.10ミリグラムという数字だったので、それより下は0.00ミリグラムだった、というだけの話なのだろう。「厳しくしました!」と、報告書に書く内容を増やすために考えなしにやったに違いない。

いやいや、「実際に0.10では認知能力に影響が出ることがわかったので、0.00にしました」と言った可能性があるかもしれないじゃないか!と言う向きもあるかもしれないが、これもありえない。呼気中アルコール濃度が「ゼロ」という状態を、ルールの運用のために定量的に定義するには、どこかに境界を引かなければならない。当たり前だが、「0.00」と言う数字は「体内にアルコールが存在しない」と言う意味ではなく、「その機械が測定可能な量のアルコールが体内に存在しない」と言う意味だ。その測定器の分解能より小さい量は測れないのだから、「0.00」と言う値をアルコールの影響を科学的に検証するために使うことはありえない。そうではなくて、

「できるだけ少ない方がいいに決まっているだろう」し、

「数字を厳しくすれば、対策をしたように見えるだろう」から、

「0.00ミリグラム」と書き換えたに過ぎず、科学的な態度とはいいがたい。報告書のネタを増やすための考えなしのアイディアと言うのはそう言う意味だ。

B) 運航乗務員への処分の強化
a) 乗務資格の停止
アルコール検査にて検査不合格となった場合には、乗務を停止する。
その後、必要な調査、審議の上、運航乗務員としての資質に欠けると判断し
た場合には、当該運航乗務員の乗務資格を、所定の期間、停止する。
b) 懲戒に関する就業規則の改定
運航乗務員を含む全社員を対象とした就業規則に、酒精飲料の影響により運
航に支障を生じさせた場合、懲戒の対象となることを明記し、懲戒委員会に
て処分を決定する。

もちろん、ルールを設定して、それを守らせる、守らなかった場合は懲戒の対象になる、というのは、制度としては理解できるし、就業規則に明記するのは重要な事だと思う。でも、厳罰化、という誰でも思いつく安易な方法でしか「再発防止」をうたえないことがすでに、組織の内部で起こっている「不都合な真実」から目を背けている(あるいは本当に見えていないのかもしれないが)証拠だ。検査、検査、検査。で、引っかかったら懲戒。それを今までより一層、厳しくやります!と言うだけ。マネージメント側にとって、こんなに簡単な「改善策」はない。

何か問題が起こったら、犯人をつるし上げて、世間様(お客様)に頭頂部をみせて、お上(当局)にはいっそうの厳罰化を奏上する。それでとりあえずの外側へのメンツ、体裁は整う。

そうして実際に何が起こるのか。従来の0.10基準のアルコール検査を粛々と実施し、問題なく飛行機を飛ばしていた大多数の乗務員に、日常生活においてさらに飲酒量を下げる負担(絶対値が下がったことで、実質的な全面禁酒を意味するんじゃないだろうか)を強いるだけだ。問題なく飛ばしている人に、さらに負荷をかける意味がどこにある。

そうしておいて、事件を起こした一部の乗務員を「あいつらは特別だった」と断罪して、「あいつらが下手をこいたから俺たちが迷惑を被った」と責めて、「クビになって当然だ」と忘れて、「変な奴は追放したから」と一件落着する。「0.00ミリグラム」と言う数字は、その人たちが、どうしてそうなってしまったのか、と言う根本的な問いを立てる意欲がないことを象徴しているし、実際に、レポートを読み進めると、盛大な勘違いと言わざるをえないような文言がある。

C) 乗務前の過度の飲酒についての組織的な要因
a) 組織としてアルコールを重大な安全問題と認識しておらず、過度の飲酒傾向がある運航乗務員を組織全体で見出し、監督する仕組みや方法がなかった。
b) アルコール検査でアルコールが検知された場合の懲戒レベルが運航乗務員には重いものとは受け止められていなかった。

アルコールが検知された場合の懲戒レベルが重いものとは受け止められていなかったのなら、なぜ検査をすり抜けたり、検査結果を隠蔽したり、身代わりを頼んだりする必要があるのか。懲戒となってもたかが知れている、と考えたのなら、検査を誤魔化す必要もないし、クルー同士での指摘ももっと気軽にされるはずじゃないか。少なくとも、一緒にバスに乗ったクルーが全員仲間の酒臭さに「気がつかない」などと言うことはないはずだ。

この問題の本質は、「乗務員の飲酒に対する認識」と言うカテゴリーを超えたレベルのところにある。次回、日本の航空業界が抱える「不都合な真実」とは何かを考察していく。

参考:


以下の有料パートでは、上記内容について個人的に思った率直な感想を、より「率直な」言葉遣いで書いています。内容としては繰り返しになるので、あえて読まなくても、大丈夫です。

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