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現役パイロットから見た飲酒問題 後編

前回の記事で、JALの発表した飲酒問題「対策」の筋の悪さを批判した。

批判ばかりしていても能がないので、今回は日本の航空業界の抱える「不都合な真実」とは何なのかを指摘したうえで、現役パイロットとしての、私の意見を書いてみたい。

ちなみに、私はエアラインパイロットだが、日本で働いているわけではないので、日本の事情の細かいところはわからないし、この記事を書く上で参考にした情報は、すべてニュースやプレスリリースなどの一般公開されている情報のみだ。だから、実際に日本の航空業界で働いている人からしたら「こいつなんにもわかってねぇな」「部外者は何とでもいえる」「偉そうな口たたくのは実際に日本で飛んでからにしろ」という向きもあるかもしれない。

でも、日本の航空業界の外側にいるからこそ、問題をより相対化できると考える。JALの「再発防止策」に強烈な違和感を持ったし、それを正直に発言しても実害がない場所にいるので、感じているその違和感を、細かいことは置いといてもとにかく指摘することが、大事だと思った。

ので、書きます。そして、結論から言いいます。

間違えたら、罰をあたえる。という「懲罰ありきの文化」が、この問題の「不都合な真実」である。

国際民間航空条約(シカゴ条約)に、こんなことが書いてある。

3.1条 事故又はインシデント調査の唯一の目的は、将来の事故又はインシデントの防止である。罪や責任を 課するのが調査活動の目的ではない。(1)
5.12条 事故又はインシデントがいかなる場所で発生しても、国の適切な司法当局が、記録の開示が当該調査 又は将来の調査に及ぼす国内的及び国際的悪影響よりも重要であると決定した場合でなければ、調査実施国は、 次の記録を事故又はインシデント調査以外の目的に利用してはならない。 (1)

これらの文言が意味するところは、将来、事故を予防するためには、そのとき何が起こったのかを正確に知る必要があるが、それを刑事責任の追及のために利用されては、調査の対象になった人からそれを聞き出すことはできない、ということである。だから、犯罪捜査と事故調査はその目的を明確に区別しなければならない。

このように「失敗を正直にレポートしてもらうかわりに、その失敗を犯したことによる懲罰を科さない」という態度を「Just Culture」と言う。飛行機による移動が格段に安全になったのも、過去の事故を分析したレポートを積み重ねたからだ。「Just Culture」こそは、失敗から学び、事故を予防し、安全を担保するための下地として、必要条件となるものだ。

ところが、日本で航空機や鉄道の事故が起こった場合、最も優先されるのは、警察による捜査なのだ。(2)

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もちろん、人の命に責任を持つ職業だ。殺したら責任を取るのは当たり前だというかもしれない。私も、一理あると思う。正直にやってさえいれば、責任を逃れられると考えてヘラヘラ飛ばしてればいいのは、甘すぎる、というのはわかる。

でも、言われるまでもなく、日々安全第一で、責任感をもって飛行機を飛ばしている人がほとんどなのだ。そういう人たちが「ミスをしたら裁かれる」と考えたらどうなるか。小さなミスを隠すようになる。ある重大事故の背景には、およそ30の軽微な事故があり、そのさらに裏には300のヒヤリハットがあるという「ハインリッヒの法則」を引くまでもなく、事故の芽である小さなミスを、小さいうちに摘み取ってしまうことが重大事故の発生を予防するのに重要であることに異論はないと思う。芽を摘む、ということは、その芽を白日の下にさらし、こんなことがありました!と声を大にして言うということだ。ミスをしたら裁かれる、と考えている人間が、どうしてそんなことができようか。

今回の飲酒問題で私が象徴的だと思った事件が2つある。

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