母が亡くなりました。#7

『 1月23日0時35分、 ご臨終です 』


———  その日の夜、私は21時に病室をあとにした。
夜通し付き添うことはできないらしく、また翌日、朝一番に来ようと思っていた。
母の最期は華やかであるように、明日はお花でも買って行こうかな、なんて考えながら。

仕事終わりの友人・トモくんが連絡をくれていて、私たちは夕飯を一緒に食べることにした。
私の最寄りの駅前にあるココ壱番屋。海の幸カレーとツナサラダを食べた。

「 お葬式屋さん、決めとかなあかんねんてー… やる気起きひんてぇ 」

駄々をこねる私を見兼ねたトモくんが、数軒の葬儀会社を見繕ってくれた。
良し悪しも相場観も分からなかった。
ただ、サイトが見やすくて、比較的良心的な価格帯であろうという理由から一つの会社に絞った。
PDFの資料請求をして目を通していた。
これを利用する日が来ないことを、その奇跡を願って。

トモくんと別れて家に戻った。時刻は23時半を回っていた。

「 遅くなってごめんねー! 」

私の帰りに耳を立てて、まん丸な目をこちらに向ける二羽のうさぎたち。
エサをあげて、小さな頭を撫で回す。ふわふわとした毛が宙に舞う。

お風呂の湯を貯めながら、今日の昼間、面会に来てくれたカナちゃんや母の恋人のヤナちゃん、トモくんにも連絡を返そうと思って、床に寝転びスマホを開いた。

———  ブーブーブー

その時、電話が鳴った。病院からだった。無意識にも唾を飲み込んだ。

「 はい、もしもし…? 」

『 お母様の心臓がたった今止まりました。すぐに来ていただけますか? 』


走って家を飛び出した。タクシーの後部座席で震える手足を落ち着かせようと試みる。


母の病室に駆け込むと、数時間前「 また来るね! 」と言ってここを出た時と変わらない光景が広がっていた。

「 お母さんっ!——— は …… っ! 」

違っていたのは、母の肌の色。
血色の感じられた顔は黄色っぽくなっていて、唇は白に近いベージュ色。
手足は青白く、血の気を失う様がまだら模様に浮かび上がっている。

「 おかあさん… 」

「 なぁ、おかあさん!おかあさん!起きてよ…‼ 」
「 まだなず、小説家になってないよ!結婚もしてないよ! 」
「 文学賞の授賞式、来てくれるって、楽しみやって言うてたやんか!! 」
「 おかあさんがおらんなったら、私、誰とバージンロード歩くん!! 」
「 一人にせんといて!戻って来てよ、なぁ!おかあさんってば…! 」

力の限りに叫んだ。
うるさいって言ってよ。聞こえてるよって言ってよ。

それから暫くして、ヤナちゃんがやって来た。
持病もあって、浅い呼吸で息を吸うのも苦しそうだ。

『 ゆきぃ…‼ 』

ヤナちゃんは母の名前を呼びながら、床に崩れ落ちた。
二人の時間が必要だと思って、私は一度病室を出ると薄暗い廊下にしゃがみ込んだ。

「 いてててて・・・ 」

その時、張り裂けそうなほどの痛みが胃と心臓に走った。
身体の中に爆弾を抱えているかのように、今にも破裂してしまいそうな強烈な痛み。
痛いなんてレベルじゃない。
細胞の一つ一つが母の死を嫌だと、受け入れまいと叫んでいる。
叫びが私の身体を貫いて、真っ二つに裂けてしまうのではないかと思うほどの激痛だった。

座っても居られず、私は床に倒れ込んだ。
あまりの激痛に息も吸えなくて、私は過呼吸を起こしてしまった。

「 はぁはぁっ、はぁあっ、ぁっ、ああ…っ 」

異変に気付いたヤナちゃんが看護婦さんを呼び、急遽、母の側に簡易ベットを設置してもらった。

私はベッドに横たわり、病室の天井を見つめる。悔しくて、悔しくて、涙が溢れ出す。
あと少ししか母の側に居られないのに。あと少しなのに。どうして私の身体はこんなにも弱いんだろう。

なんで最後まで耐えられへんねん。なんでやねん。なんでやねん。

自分への怒りを、拳の中にぎゅぅっと納める。


少しして落ち着いた後、医師の先生がやって来た。

母の瞳にライトを当てて、聴診器で心音を聞いて、言った。

『 1月23日0時35分、 ご臨終です 』

文学賞の応募締切を迎えてから、ちょうど1週間後の1月17日に倒れて、救急搬送されてから5日。
まるで私が小説を書き終えるのを見届けたかのように。

1月23日、それが母の命日となった。

その後、私は1時間程前に調べていた葬儀会社に電話を掛けた。
葬儀会社の人が来て母の身体を葬儀場の安置所に運ぶまで、私とヤナちゃんに残された時間は2時間も無かった。

私は思いつく限りの感謝とごめんなさいを伝えた。

お母さんの娘に生まれて幸せ者だった。
お母さんの元に生まれられたことが自慢だった。私は親ガチャ大成功だ。
母子家庭なのにニューヨークに留学させてくれて、いつも私の夢を応援してくれて。
私の好きや、したいことを尊重してくれて。
偉いね、凄いね、賢いね、可愛いねって、常に私を肯定してくれて。
誰が何と言おうとも、お母さんは私のベストオブマザーだ。
お母さんほどに立派で、強くて、綺麗で、魅力的な母親を私は他に見たことが無いよ。
私は好奇心旺盛で、なのに身体は弱くて、心を病んでしまった時には沢山の心労を掛けてしまったよね。ごめんね。

大好きだった。本当に、心の底から。
愛している。今も、これからもずっと母のことを愛している。


葬儀会社の人がやって来た。お別れの時間だ。

管や点滴など沢山繋がれていた医療器具が抜かれ、濡れタオルで顔のよごれを拭いた。
綺麗になった母の身体を、私は力一杯に抱き締めた。脂肪は薄く、すぐに骨が感じられる華奢な身体だ。

———  私と母には、習慣があった。

家で母が私を見送る時、毎度玄関まで降りて来てくれてハグをする。
「 行ってきまーす 」『 気を付けてね!まめに連絡してね! 』「 はーいっ、わかってるよー 」なんて言葉を交わして。
玄関を出たら私は一度振り返って、母に手を振る。

それが私と母の毎日の習慣だった。


私は母の身体を抱き締めた後、精一杯に笑って言った。

「  行ってきます  」

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