頭に水がめぐる

頭に水がめぐる。浅い夢をみていた。色とりどりのいろんな夢を。目が覚める直前に見ていた夢では、幼い頃に精神を病み、幼い私を怒鳴りつけ殴りつけ妹を可愛がった伯母が住んでいた家に夫と引っ越したばかりだった。夫はヤギが飼いたいと言って、広い家の向こうにヤギの住む小屋を作っている業者がいた。作りかけの小屋には既にヤギがいて、そのヤギは薄茶色の獰猛なキリンのような見た目だった。見上げている私たちに向かって、柵の隙間から勢いよく顔を出して、なりふり構わず餌を探して暴れるような様子だった。しかし、それを見て飼うのをやめようとは思わなかった。夢の中の伯母の家は広く古く、2階には寝室とバリアフリーのお風呂場が一緒になっていた。そのベッドに少し横たわり、また夢を見ているような気持ちになった。私は肉体から離れられないし、幼い体は大人になり老いていくし、その間に数えきれないくらいの思い出やできごとがあって心も変わっていくから、私も変わっていくと何となく思っている。けれど、こうやって横たわり夢うつつになると、何かが柔らかくなり、変わらないもの、ずっと見ている意思のようなものを感じる時がある。そんなことを、夢の中の伯母の広い家のベッドで思った気がする。引っ越したばかりの家のドアに近所の鈴木さんがたいそうなお菓子を持って挨拶に来てくれた。本当は私たちが先に挨拶しなければいけなかったのにすいません的なことを思いながら応対して、少ししたら何かお返しに美味しい何かを持って行こうと思った。長い間、人の怨念を吸ったような気の滅入る壁紙やところどころ埃だらけの床や棚。ピカピカに磨き上げ、壁を張り替え、不要なものを捨て、隅々まで気に入ったようにするには時間がかかる。
母から電話があり、写真が送られてきた。伯母が新しい引っ越し先で、古い知り合いを訪ねて、マグカップにサインやら見事な細工やらをしてもらったという写真だった。古い知り合いというのは、私が保育園に通っていたときの同級生の親だ。その同級生はとても個性的で、よく覚えていないがツヤツヤのマッシュルームみたいなヘアスタイルでほっぺがふっくら下ぶくれの男の子だった。その子のお父さんが昔の中国の美人画のようなタッチの絵師で、伯母が会いにいくとまだ健在で、持参したシンプルなマグカップに見事な絵や彫り物、サインを描いてくれたという。「まだまだ元気。70歳〜万歳」とか、「頑張ろう、ピース!」みたいな深いような浅いようなメッセージも書いてあった。よくわからないけどよかったなと思った。明日夫が通勤する時、駅までの道がわからないかもしれないから、もう少ししたら一緒に駅まで歩いてみようか。この家にある古いものをそのうち全部捨てようと思っていたけど、大事にピカピカに磨いて大切に飾ったら素敵なのかもしれない。
そして目が覚めた。白い天井はどこの天井なのか少しわからなかった。小さい子どもみたいにほっぺがあったかくなって、目が覚めたことはわかったがそのままでいたかった。夢の続きが見たいなと思いながら、動きたくなかった。頭に水が流れた気がした。どこにも力を入れる必要がなくて、こんな風に生きられたらいいなと思った。

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