見出し画像

チーズに詰まった誇りと喜びを知る/Italia/たびのきおく

 2019年末から2020年始に、3週間かけて巡るイタリア縦断の旅に出かけた。ナポリから入国し、ローマ・フィレンツェ・ボローニャと都市部を経由しながら北上し、ソレント、トスカーナ、パルマにてアグリツーリズモ(農家民宿)に泊まった。レモン農家、ワイナリー、チーズ農家に滞在して、どこも学び多しだったが、結果としてパルマにて自分が味わいたかった経験ができた。これからの持続可能な生き方について考える土台にできるような経験である。

 パルマにて3泊4日滞在したのはジョバンニさんの営む酪農&パルメザンチーズ工場のアグリ。到着すると懐かしき畜産センターの匂い。歩き回ると広大な敷地に様々な農作物。オーナーのジョバンニさんは酪農場で牛を飼い、牛の餌の牧草を育てているだけでなく、玉ねぎとトマトを中心として沢山の種類の野菜を育てている。農地に併設する形で自宅と客室が建っており、築50年以上ありそうな古い部屋にてゆっくりとステイさせてもらった。

シンプルに、全ては素材作りから

 ジョバンニさんのファームでは酪農をして、毎日ミルクを作り、工場にて毎日パルメザンチーズを作っている。親切なジョバンニさんにパルメザンチーズの製造工程を全て見せてもらった。

画像2

 毎朝、牛乳は工場に運ばれると特定の温度帯にてホエーと分離され、パルメザンチーズを製造するのに必要なバクテリアだけを残す温度で狙って殺菌される。そのあと凝固したフレッシュなチーズを取り出して固め、塩水漬けにしてからセラーにて2年以上寝かされる。寝かされてる間も毎日磨かれて、毎日上下をひっくり返す。もちろん製造工程でクオリティ面でパルメザンチーズの認定ができない子も生まれてしまうが、ジョバンニさんの工場その比率はなんと2%以下。大きな工場で半分以上だめになることもあるらしいのでものすごい成功率だ。
 その理由を尋ねると、「ただ素材に向き合って試行錯誤を繰り返した結果だよ」と言う。まず牛乳の質が大事。質というのは脂質やタンパク質の量はもちろん、必要な種類のバクテリアをどれだけ持っているのかも重要だ。パルメザンチーズたる所以の風味を生み出すバクテリアと、モッツァレラチーズのそれは違うようで、それぞれ必要なバクテリアを残すための煮沸温度も変わるし、牛に食べさせる餌も変わるそうだ。なのでパルメザンチーズ作りは牧草作りからスタートしているのである。ローカルな牧草や高タンパクな牧草を栽培してブレンドし、牛に食べさせる。同じ牛でもどれだけの期間その餌を食べ続けたかでミルクの品質も変わる。そうやって調整されたミルクを使ってパルメザンチーズ作りにつながっていくわけだ。

画像3

 ジョバンニさんはミルクを作って納品してチーズを作ってもらうわけでなく、ミルクを買ってチーズを作るわけではない。同じように牧草からチーズまでのプロセスを一気通貫で行う農家とともに、工場を立ててその一部をそれぞれが使う形で、あくまで最初から最後のプロセスを自分たちで実施するのだ。牧草作りからチーズを販売するところまで。そしてクオリティは全工程にて徹底的に高められ、結果としてプライドに繋がる素晴らしい完成度のチーズを生み出すことができる。
 パルメザンチーズの工場は全部で100箇所以上あり、小さいところは一日5ホール、大きいところでは一日120ホールほど作っている。その多くが同じようにホールプロセスに取り組む小さな生産者の集合であり、それこそパルメザンチーズたる所以である。もちろん大きな工場はその限りではないが、中小規模でこだわりぬいたジョバンニさんの工場ほどの認定率はなかなかないそうだ。彼らのプライドは納得できるものだ。
 僕らがここまで素材にこだわることができているかというと少し疑問だ。一説では日本人の素材への意識は一周遅れらしい。シンプルだが、これこそがポイントなのかもしれない。「あたりまえのことだよ!たいしたことじゃない!」と言い切られましたが、それをするのが難しい。
 同じような素材へのこだわりはトスカーナのワイナリーでも感じた。地元で育つブドウにこだわって土壌にこだわったブドウを作って作るシンプルで力強いワインはとても美味しかったな。

画像4


やり手なジョバンニ 

 そんなジョバンニさんは子供の頃、家族で丘の近くで農場をしていた。その頃は玉ねぎ100%の農家だった。その場所ではひいおじいちゃんより昔の世代から農業をやっていた。お父さんの世代のパルマは第二次世界大戦時にバチバチにパルチザンが戦っていた地域だ。

 ジョバンニさんは今から50年ほど前に、家族で丘から平地に移住してきた。3、4キロほどの距離。そして移り住んできた平地で酪農とチーズ作りを始めた。しかしチーズや野菜の値段は変動が激しい生活を安定させるためにチーズと玉ねぎとトマト3種類のプロダクトを織り混ぜることによって安定をもたらすようにした。そして親から農場を継いだジョバンニさんは20年まえにパルマ地域初のアグリツーリズモを始めたそうだ。なんともベンチャースピリッツに溢れている。

 チーズ作りのノウハウが認められると、彼はそういった手腕を買われ、アルゼンチンでチーズ作り工場を立ち上げるために2年間暮らしたことがあるそうだ。現地ではたくさんの苦難にあったそうだ。チーズ作りはもちろんイチから初めてもすぐにはうまくいかない。牧草の調整、ミルクの品質の調整、気温や湿度など天候の差を加味した微調整の末、2年後には3割ぐらいの出来ではあるがなんとかそれっぽいものができ始めたらしい。それぐらい時間がかかることだと改めて彼は実感したそうだ。
 しかし、チーズ作りを立ち上げた後も、彼はその支援先の20年先を憂いていた。そのアルゼンチンのチーズ農家はチーズを作って儲けることに興味があるが、それ以外のことには怠けていたりする。農業を続けるには土壌が大事。一つのプロダクトだけでなく、様々な作物を作って土壌を肥やし続けていかないと、その土地は荒廃してしまう。さらに一つのプロダクトでは市場価格も乱高下する。持続可能性の為には複数のプロダクトを育てていくことが必要になってくる。それが彼らのマインドセットに無いと難しいかもしれないと。

画像5

これからの持続可能な生き方

 彼はこれからの新しい生き方についても語ってくれた。彼はパルマの地で50年チーズ、農業にかかわりながら世界の変化を見てきた。その中でインターネットがもたらした変化を大きくとらえた。インターネットが生まれて、インターネットを介して、今いる場所を超えて様々な情報を得られるようになった。国境を越えて地球の裏側の人とミーティングできる。議論できる。様々な言語で勉強する機会も得られるし、ノウハウも共有できる。好きな本をどこでも読める。そうやってテクノロジーの発達とともに生活の土台の質は上がっていくのを感じた。だが唯一、食べ物:フレッシュプロダクトだけはどうしようもないと感じたそうだ。

画像1


 食べ物を地球の裏側に届けようとすると、当たり前に輸送コストがかかり、資源は消費され、コストをバランスする為に大規模な生産やファクトリーオートメーションが必要になっていく。長期保存が効くようにオーガニックではなく農薬が増えていく。もちろん企業努力は計り知れないが、どれだけ努力しても、オーガニックなものを採れたてで食すより、品質は下がり、栄養価も下がるのは間違いないだろう。

 もちろんそれでも楽しめる余地はある。でも大事なこととして、そうやって大規模化し、仲介者が増え、消費者が遠くなり、労働者が一つの部分になっていくと、自身が抱いているような生産者としての誇り、喜びは間違いなく薄れていく。そのようなことをジョバンニさんは語った。品質の話は勿論この誇りこそが、人間が生きていくうえで度外視できない部分なんだろう。もちろん全てに当てはまることでは無いだろうけど、これはとても本質的な話だ。これまでの時代、そうやってビジネスは統合されて、大規模化し、グローバル化されてきた。それによるメリットを享受してきたわけだけれど、これからはそれを続けて未来永劫うまくいくはずがないような気がするのは、みんながうすうすわかっているんじゃないかとジョバンニさんは話した。

 だからこそ、「地元に根差した小規模なビジネス集団が、主体性とプライドを持ち続けられる地産地消のビジネスモデル」を改めて大事にするべき時が来ている。そしてそれを伝える為にジョバンニさんは大学でも講義し、論文も書き、ニュージェネレーション、若者達などにプレゼンテーションをしているそう。何者なんだ、ジョバンニ!!
 彼は常に未知の世界に飛び込み続け、学び続けているとてもかっこいいおじさんだった。なんというベンチャースピリット!そんな彼は今でもイタリア産ホップを作るジョイントベンチャーや、様々な理由で普通に雇用を受けることができない人を雇用することを掲げたファームなど、様々な活動に足を突っ込んでいる。なんとも頼もしいおっちゃんだ。そしてカッコいい。そして優しい。まさにgood, clean, fairを体現したナイスガイだ。
彼のおかげで素敵な経験ができた。本当にありがとう。


 実は大学時代からイタリアに滞在できる時を伺っていた。学生の時にイタリア料理店でバイトしててイタリア料理が大好きだったし、メキシコでの長期滞在から帰国した後、大学図書館で手に取ったスローフードの本を読んで感銘を受けたからである。島村菜津さんの「スローフードな人生!イタリアの食卓から始まる」という本である。僕がメキシコの片田舎で暮らす中で考えさせられた「人間が幸せに生きていく為に大事にすべきことはなんなのか」という問いを深めるような体験が、きっとイタリアの田舎でできそうだとその時から感じていた。でもそれをするには1週間程度の突貫旅行じゃ絶対に足りない。だからこそ、時間を取って滞在できる時を待っていたのだ。
あの頃から8年ごし。ようやく訪れたイタリアで僕は大事な経験ができた。

 僕は仕事を通して、誇りと喜びを感じる生産がしたいし、喜びを伴う消費をしてもらいたいと、変わらず思っている。その行動原理は経済合理性を超えた持続可能な人間の生き方を考えていく上でとても重要なアイデアだと思っている。

画像6


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?