『きねんび』(桃萌)

くるしいのはわたしだけじゃないことを確認して安心するのは、他人の不幸をビリビリに破って半分ずつ分け合うことなのか。傷を舐めあって、お互いの塩分で真っ赤に爛れさせてしまうのか。
まいにち毛繕いする動物のように、いつか崩れてしまう毛並みを整え続けるのは、逃げることとおなじなのか。

だれも肯定してくれないのなら、おなじ動物どうしで手をつないでぴったり寝ることしかできない。ことばにしたら押しつぶされてこなごなになってしまうから、わたしたちはなにも見ないしなにも聞かない。
世界がわたしたちだけだったらすごくいいのに。わたしたちを傷つけるものはぜんぶ、さいしょからちがう星のいきものなんだよ。わたしたちの星はたぶん、朝も昼もなくて、春も夏も秋もない。ずっと寒くて暗い、空気が澄んだつめたい夜が続く。

いつか、そんなこともどうでもよくなるといいな。どうでもよくなるくらい、思い出せないくらい、忘れてしまうくらい。しあわせな記憶だけ、夢の中で、できるだけはやく溶けて消えてしまえばいいのにねって、ちいさく歌うように言って、眠る。目が醒めてしまわないように、ひつじ色のわたげをブレンドした、あまいハーブティーを飲んだ。


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