TCLのハードウェア校正を紐解く

TCLの2023年度モデル C845(海外では更に上位の9シリーズも在る)が販売された。
チューナーレスで話題を集めている本機であるが、それ以上に刮目すべきは現代の受像機として非常に高い性能を有していることだろう。
公式の開示スペックには分割数はないが、海外の記事には55インチで2000cd/m2超、ローカルディミングが480zonesとある。

通常の映像は一切見ずに花火映像だけをひたすら見るのであれば1000zones、可能なら2000zones以上あることが望ましい場合もあるが(FALD制御にも依存する)、通常の映像視聴であれば何ら不満を感じることはないだろう。
実際に384zonesのINNOCN 27M2Uですら視聴上の不満を感じたことはないことを述べておこう。
輝度も2000cd/m2と非常に高く、量子ドット採用による高純度な発色はHDR対応の上位モデルとして十分期待に応えてくれる筈だ。

https://www.flatpanelshd.com/news.php?subaction=showfull&id=1681741292

スペックだけであればここで話は終わるが、6月後半に驚くべき情報が公開された。
LightillusionのColourspaceが正式対応したのだ。

Colourspaceといえば校正を専門に行う業者や、トップのカラリストが使用する最上位のモニタ校正、カラーマネジメントシステムである。
ASUSのProArtやFSIのXMシリーズもColourspaceに対応しており、使用に多少の知識は要求されるが高精度なモニタ校正には必須のシステムだ。

今回の発表ではSDR(BT.709/1886)、HDR(HLG)、HDR(ST2084)、HDR(Dolby Vision)全ての校正に対応するとのことで、民生の視聴機に留まることなく、プロダクションのユーザー向けプレビューアウトや、校正の頻度によってはカラリストが使用することすら期待したくなる内容である。

ところで校正の内容はどのようなものであろうか。上のリンクから詳細が確認できるので見てみよう。
SDRやHLGに関しては1Dと3Dに対応、PQおよびDolby Visionについては1DとPrimaryのXY座標情報のみを参照するようである。
今回はこれについて解説しよう。
SDRとHLGについては簡単だ。1D、3D両方をサポートすることで、Colourspace側ですべてをコントロールすることが出来る。
すべて、というのはWB、EOTF、彩度マップのいずれも、ということだ。
モニタ校正を考えるとき、この3つの補正に対応する必要がある。

WBを校正するということはグレースケールを表示した際に、すべての領域で白色点が規定した値に補正されることを意味する。
EOTF補正は信号の強度、0~100%に対して規定された輝度と一致することである。
彩度マップも考え方は同じで、ある色においてXY色度図上に示される色度と同じ色をモニタ表示ができているかである。

ここまで述べればWB、EOTF、彩度マップすべてが校正出来なければ校正の意味がない事がわかるだろう。
実のところ前者2つは1D LUTだけで対応出来る。WBとEOTFはあくまで白色点上だけの話であるからだ。
しかし彩度マップに関しては1D LUTでは補正出来ない。彩度マップを補正するには3D LUTが必要になるので、C845に限らずモニタ校正を行う際には注意してほしい。

SDR、HLGに関しては1D、3Dいずれも対応するということで、この点については問題ない。
問題はPQ、Dolby Visionの校正である。
Lightillusionの記事を見る限り、LUTは1Dのみで、かつガンマは2.2。その他はモニタネイティブのPrimary(RGB)のxy色度を提供するにとどまるということである。
これはどういうことであろうか。

結論から言えば、最大輝度まで表示し、ガンマ2.2に理想的に校正された状態をマスターとして、必要なマッピングを施されたST2084ガンマをエミュレートするのであろうと思われる。
GamutについてはPrimaryを参照し、テレビ側で必要な色度マップを適用するのであろう。Dolby Visionについても輝度、色度ともに同じ仕様と思われる。

これは何を校正し、何を表示してくれるのであろうか。
HDR(PQ、Dolby Vision)は本来ST2084のEOTFを備え、PrimaryにはRec.2020(もしくはP3-D65)に準拠するのが本来である。
なぜこの仕様にならなかったのであろうか。
余談ながらASUSのProArt PA32UCXや後継モデル、FSIのXMシリーズなどカラリストが使用する機種ではモニタネイティブのガンマモードで計測し、ST2084やREC.2020に対しモニタの性能内でどのようにマッピングをするか、までを設計したLUTをインストールできる。
この仕様であればモニタの表示可能範囲内だけであれば完全に規格に準拠する状態を定義することも可能だ。

先述の通りASUSやFSIもHDRガンマ(ST2084)で直接計測することはせず、モニタネイティブの状態を基本とするのは変わらない。
しかしながら、そこからのアプローチが異なる。
REC.2020とST2084は現時点で最高性能のモニタやテレビであっても、その広大な色空間をすべて満たすことが出来ない。
そのため何かしらのマッピング、もしくは最大限表示出来る以上の表示は飽和させてしまう判断が必要となる。
FSIなASUSの場合はどの様にマッピングをするか(もしくはマッピングを行わない)まで、ユーザーの判断で校正で定義することが出来る。
例えば4K HDR anime channelではPA32UCXを校正する場合、実測値である1100cd/m2をターゲットに設定した校正を行っている。

TCLの方法は前述の通り理想的なガンマ2.2に補正された状態を定義し、Primaryの色度情報を定義するに留まる。
この方法は最大輝度/最小輝度とPrimary色度が定まり、かつガンマ2.2に正確に補正されることで、例えばC845の想定するマッピングカーブが正確に反映できることを意味する。
すなわち視聴時にHDMIメタデータとして提供されるMaxCLL/FALL、もしくはDolby Visionメタデータを正確に反映することに重きをおいたのであろう。

この方法でもWBは正しく補正され、EOTF、色度いずれも相応に正しいマッピングが行われるものと想像するが、プロダクションモニタやカラリストが使用するリファレンスとしての使用を考えると必ずしも十分とは言い切れない。
勿論、C845などTCLの製品はあくまで一般視聴を想定したものである。
その観点で言えば、この対応方式は一定の理解ができなくもない。
しかし、可能であればテレビ側でのメタデータ依存のマッピングを無効にしたモードも導入してほしかったところである。
前述の通りQ-dotと最大2000cd/m2をフォローする本機であれば異常なEOTFマッピングや色度マップになるとは考えにくいが、校正という視点では補正を加えられない領域が残るためである。
仮に好ましくないマッピングが施される場合、本来それも補正されて然るべきだ。
しかしながら今回提示された方法ではその部分の校正が取れないことで、本来表示すべきものとの乖離の可能性が排除しきれない。

そこまでを民生機に求めるのは些か酷な話ではあるが、校正に対応したということであれば今後のアップデートにおいて対応を期待したい。
もしくはHLGを使用することで、1Dと3D LUTの両方を使用することが出来るので、そちらを使用する方法も検討すべきであろう。
HLGについては公開された情報から判断するに十分な校正が可能であり、精密なリファレンスモニタとしての使用の可能性があるだろう。

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