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アイロニーとパロディ。

「もしこんなことが起きていたら世界はどう変化したか」と先生が言い、生徒は実際には起こらなかった出来事を考えて、それぞれ答えた。

その中に一人「もし、過去に日本がアメリカと戦争していたら」と言った生徒がいたという。冗談ではなく無知で。

パロディやアイロニーは正解を知っているから不正解を楽しめるものだけど、その前提が揺らいでしまってはアイロニーがメビウスの輪になってしまう。

「アウシュビッツはなかった」とするナチス信奉者の発言もそうだ。思想信条はこの際どうでもよく、あったことをなかったことにしてしまっては議論の余地がない。リビジョニストと言われる人々には思惑があるからまだわかりやすいけど、「パロディの無知包み、意図せぬアイロニーを添えて」という料理は食べられたものではない。

「福島の原発はアンダーコントロールである」と言ったことも、事故そのものがなかったと言うに等しい。パリで暴動があれば危ないから行かない方がいい、などと言ったりするが、原発が手の付けられない有様で存在している国が言えることなのか。あいつの家はエアコンが壊れている、と、自分の家が火事になっていながら言うようなものだ。

事実は小説よりも奇なり、であって、もうパロディもアイロニーもない。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。