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つれづれてんじゃねえよ。

ネットニュースをほとんど読まないんだけど、誰かのリンクを辿ってみると、芸能人のブログなどがたくさん出てくる。

そもそもテレビタレントやミュージシャンなどは、画面に登場するときやライブをしているところしか見せることがなかった。オフィシャルな姿。それが、休日にはこんなことをしました、旅行に行きました、撮影の待ち時間です、と「裏側」を見せるようになってきた。

それを「オフィシャルブログ」と言っているわけだから、見せてもいい裏側ではあるんだけど、ファンは素顔を見られた喜びを感じるのだろう。

彼らのブログはなぜ人気があるか。

一つ目は当たり前だけど、人気がある人だから。その人の情報を知りたいという読者がたくさん存在している。二つ目は、彼らの行動に情報量が多いこと。撮影などで毎日いろんな場所に行き、美味しそうなモノを食べ、魅力ある人々と会っている。

これと、中小企業の課長、ヤマダさん(54)のブログを比較すると、その差は明確だ。

「ヤマちゃんの、つれづれなる日々」1月5日
正月休みが終わる。今年も千葉の実家に帰り、
お雑煮を食べて、親戚とUNOをやった。
トランプが戦争を始めようかというニュースが入ってくる。
私に言わせればアメリカは中東に
関わりすぎだと思う。平和が一番だ。
来週からはまた満員電車に揺られる日々が始まる。
今日はおせちに飽きたのでサイゼリヤに行こう。終

さて、この人のブログにブックマークをして、毎日読みたいと思うだろうか。俺は読まない。これを読むのは地元の同級生ふたりくらいだろう。

誰からも知られていないヤマちゃんは、自分の日記のようにツレヅレているだけで、他の人が読みたくなる価値を作ろうとしていない。それは日記だからいいんだけど、「私に言わせれば」と言って時事問題を語ってみたりする。ヤマちゃんは社会的に意見が求められていない、「言わせてもらえない立場」だから、ここに書いている。

興味を惹く人物との交流も出てこないし、美味しそうな料理も出てこない。ずっと読んでいても、会社と家の往復とサイゼリヤが一年間続くんだろうと推測できる。

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それが悪いとは言っていない。コンテンツの価値とはそういうモノで、ヤマちゃんと同じ機種のパソコンで打ち込んだ文章が、村上春樹さんだと数百万部を売るコンテンツになる。ただそれだけの話だ。

音楽における音階のように、日本語において50音は平等に与えられ、その並び方と組み合わせで、名曲と名文が生まれる。同じパーツを使っていることは、同じ舞台に立っていることとはまったく違う。プロが使うカメラを持っていれば自分の写真もよくなると思う人々にも似ている。

反対に言えば、誰だか知らないヤマちゃんは、その独特な感性で多くの読者を獲得することもできるはずなのだ。やろうと思えば。

結論:「つれづれ」と言っておけばいいと思っている個人ブログに面白いものなし。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。