ソフトなカオス。

「ヒューマニズム」っていうとザックリしすぎちゃうんだけどさ、チャーミングだったり人望があったりってことは人としてとても大事なことだと思っている。

日常的にコンピュータを扱っていると正しい答えしか返ってこないから、そこにある種の正義のようなモノを見いだしがちだし、推論がすべて機能すると考える人も多い。

でもまったくそんなことはなく、原子力発電が燃料が違うだけのただのボイラーだというのと同じで、世の中の多くはいつまで経っても原始的な幼稚さに支配されている。

「原始的なカオスを嫌うから」コンピュータにすがるという順番の問題なのかもしれないけどね。それはコンピュータ的な合理主義者がだいたいモテそうになかったり、話してもつまらなかったりすることからよくわかる。恋愛と笑いはカオスと不合理の最たるものだから。

革新的・未来的と言いながら、同業でほとんど似たようなことを言っている。つまり過去を侮蔑しながら、業界の再生産をしている。それが平然とできるのは「合理」が生む差別や鈍感さゆえだろう。

エラーを不合理として徹底排除して実現される世界は決してユートピアじゃない。エラーを認める、エラーに笑う、その感覚にこそ「ソフトなカオス」の良さがあるからね。と思いながら、おはようございます。

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ヒマだな!
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