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カレーは飲み物ですか。

類型的なことへの不信感がスゴく強い。

同じようなことを同じようにしているのを見聞きすると、ああ、俺はこういうのがつくづく嫌いなんだなあと強く思う。だから写真を撮るときにピースサインをされたりするとシャッターを押さない。

「本当にそれが今、一番すべきこと?」と、単なる飲み会の記念写真でさえそう感じてしまう。返ってくる答えは決まっている。「かたいこと言うなよ」である。でもあらゆるモノは、かたければかたいほどいい。

類型的なこととは、自発的じゃなく、誰かが過去に用意した感情に乗ることだ。ピースサインはあなたの発明じゃないだろう。そうだ。発明がないとイヤなのだ。発明していない人が、発明と縁遠い行動をしているとしたら別に文句は言わない。でも、他人が発明したことを、うっすら自分が思いついたようにアピールされるのが嫌いなのだ。新しい店に早く行きたがり「え、まだ行ってないの」と言うのも同じで、情報の消費はその人の手柄じゃない。

漫才コンビの流行った台詞をそのまま言う人や、バナナはおやつに入りますか、家に帰るまでが遠足です、カレーは飲み物です、なんて言いたがるオヤジが、あなたの周囲2メートル以内に必ず一人はいるだろう。

「カレーってある意味、飲み物みたいだよね」と最初に言った人にはクリエイティビティを感じる。バカが使う言葉で説明するなら、そこに新鮮な「気づき」があるから。でも二度目からは受け売りになる。

「バナナがおやつに入るか」を不思議そうに悩んでいる小学生も、面白い。でも二度目からは受け売りだし、これだけ知られていてもまだ言うなら、それはもはやバナナの叩き売りでしょう。

他人の発見を「なるほど」と思って使う人は、だいたい話が面白くない。犯人を知っている推理小説を読まされるような居心地の悪さがある。それなのに「今、面白いことを言った」という顔をする。

面白さって、創造なんだよ。作曲したり絵を描いたりするのと似ていて、誰も聴いたことのない曲や、見たことのない絵に驚きたいんだよ。

Twitterで見かけるような「わかりみある」みたいな文体を発明する人は面白いんだけど、それを言うとそれらしいと思って再生産する人を見ると、ただただ「創造と縁遠い人なんだなあ」としか見えない。

それでいて何か発明や創造に関わっているような啓蒙ムードを出されると、それを言う資格があるのかなと疑問に思ってしまうんですよね。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。

おばあちゃんっ子だろう!
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ワタナベアニ

写真家・アートディレクター。着ぐるみの中は繊細です。1964年生まれ。現在「ロバート・ツルッパゲとの対話」出版準備中。

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