最初に、撮らないモノを決める。

写真は撮った枚数だけうまくなると思うんだけど、ヤミクモにシャッターを押していても何も変わらない。

たとえばどうしても撮りたい人がいたり、撮りたい風景があったとする。シャッターの回数と呼ぶのはそれを撮った合計だと言えましょう。

ただ目の前にあるモノを何気なく撮っていても、カメラを扱う方法くらいは慣れるでしょうが「写っている内容」は進化しない。どうしてもこれが撮りたいという欲求がないからです。

写真ブログなどを見ていると「何気ない日常を撮りました」というのはたくさんあり、何気なくない非日常を撮ったモノは少ない。なぜかと言えば、撮るために行動していないからです。

カフェでカプチーノを撮るのは座ったままでできる。空も見上げれば撮れる。厳しい言い方をすれば、それは何気ない日常を写したくて撮っているのではなく、動かずに撮れるモノだけを撮っている。つまりサボっているのです。

写真に撮られたカプチーノが作品になることだって勿論あるでしょう。でもそれは自分が好きな店のその時の一杯じゃなければダメで、それ以外では自分の写真にならないんだという気持ちがないと成立しません。

もしボブ・ディランが一番好きでどうしても彼を撮りたいとします。フジロックのために来日するからそこで撮れないだろうか。アメリカに行って撮れないだろうか。いろいろ考えられると思いますけど、そのためにフジロックに行ったりアメリカに行ったりするのは面倒だから、今日はそこにいる友人でも撮るか、と思っていたらたぶん何も進化しません。

写真は「心の動き」を残すものですから、心のクオリティがそのまま写ります。ボブ・ディランを撮りに無謀にもアメリカに行ったけど会えず、街の風景やそこでたまたま知り合った人たちを撮ってくるだけかもしれない。

でもその一連の写真には、立派にボブ・ディランを探していた気持ちが写っている。カフェで注文したカプチーノを撮ることとの違いがわかってきたでしょうか。

写真のモチーフは「絶対にこれじゃなければいけない」という撮影者の気持ちが観る人に伝わります。ここにある写真は赤坂のレストランから外を見ながら交差点を撮ったモノです。自分はそこに何人くらいの人がどんなバランスで立っていると心地よいんだろうと考えながら撮っていました。

これは作品ではなく訓練ですが、自分が写したいモノと、写したくないモノを日常的に見分ける練習をすることは役に立ちます。

「最初にすべきなのは、撮らないモノを決めること」

と、まとめておきます。

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