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なんの値段? チップの役割

インドではチップをバラまきます。

ホテルのスタッフやドライバー、レストランの従業員など。これまで書いた通り、座っているだけでチャリンチャリンお金が入る富裕層(注・働いてないわけじゃない)に比べて、手足を動かす人間の値段が不当なくらい安い国なので、これは効きます。

「ああ、あのマダムね」とスタッフに顔を覚えてもらい、なにかと気にしてもらいたいからです。

チップはオプション料

私は基本的になんでも自分でやりたいタイプですが、インドでは日常のなかで人の手を借りないとどうにも不便なことが多すぎます。

たとえば、ホテルにタクシーを呼んだのにエントランスまで入ってこずに外にいるとか。せっかく綺麗に身支度したのに気温45度のなか外まで歩きたくない。なんなのタクシーなんだからちゃんと中まで来なさいよ、と思っても、危険物チェックのためトランクを開けたりなんだりが面倒なのか、入ってこないタクシーが多いのです。そんなときはエントランスのスタッフに外まで呼びに行ってもらいます。

格式あるホテルなのに、備品が壊れていたり。コンセントが断線していたり。トイレの水が溢れてきたり。そのたびに人を呼び、対応してもらう。そういうときはチップは渡しません。設備のメンテナンスなんてホテル側の当然の義務ですしスタッフも業務範囲ですから……というのは建前で、なんだかんだ個別にあげちゃってますね、喜ぶ顔が見たくて(甘い)。

もちろんホテル側には、宿泊料も払いサービス料まで加算されているのだからメンテちゃんとしてよ、というそもそものクレームをします。ではそれで「社内で対応策を検討しこのようなことが2度と起きないよう……」などという姿勢を即刻見せてくれるかというと、表面上は謝罪はしても、いろいろな事情を根本的に改革しないといけないので私の手には負えません。

挙げればキリがないけども、高級ホテルでも、安宿でも、庶民の雑踏のなかでも、ありとあらゆる場で、なんというかインフラはあるのに機能や動線がポンコツだったりして隙間に落ちる不便が多く、何事もスムーズにいかないことが多すぎるのがインドです。

そんなとき、すべての微調整を自分でやると疲労度マックスになるといいますか。箱がポンコツなぶんをマンパワーで補って日々えっちらおっちら物事が進む国というか。基本料は安いけどオプションをつけていくうちに結局高くつくツギハギ商品みたいというか。

そんなとき渡すチップは場所にもよりますが日本円にして100円とか200円とか。スタッフも入れ替わるのでできればそれぞれにこまめに渡したいところですが、少なくともチェックインのときに荷物を運んでくれたポーターなどに300円くらいのまとまった額を渡しておくと、滞在中なにかあればすっ飛んできてくれます。

ツアー中のチップ

男子禁制にしているわけではないのですが、なぜか私のツアーはいつも女性ばかりです(マダムツアーは女性限定ですが)。

私の大切なお客様になにかあってはいけません。また、災害や事件事故など、万が一の非常事態が起きた場合、顔見知りのスタッフがいれば心強いものです。なにがあるか分からないので、そういう保険をかけておくことも大切だと思っています。

よってツアーの際はさらに盛大にバラまきます。

何度も同じホテルにお客様をお連れしているうちに、また同じマダムのグループがきたということで、いちいち細かいことを言わなくてもなにかと気にかけてくれるようにもなります。

カネの力にモノを言わせた援助交際みたいですけど、そうやってバラまくうちに、カネの魔力だけではなくちゃんとハートの部分で助けてくれようという人も出てくるので、毎回きっちりバラまいてきます。

ダメな部分はホテルの経営側にクレームとしてちゃんと書面で渡しつつ、スタッフには直接投資。ホテルを去るときにも対応スタッフにまとまった額を渡します。現金を受け取ったときの思わずほころぶ顔は見ていて気持ちがいいし、"That's not fair"という不公平に満ちているインドで私の心を和ませてくれます。

この100円200円といったチップは、もっと洗練されたパッケージ商品を作れるバックグラウンドがあるなら、本来は代金に含まれているもの。でもそれが現状、現実的な範囲でできないのだから、隙間に落っこちるものを拾い集めるための必要経費と考えています。

もちろん、インドでインドのお金で収入を得て暮らしている人が同じことをする必要はありません。もっとシビアにやらないと破産してしまう。でも私は日本で暮らし、日本基準の収入を得ています。お客様たちも同様。ツアーの料金もそういった面も含めた額をいただいている。

本日の写真は、ヒンドゥー教の聖地バナーラスで乗ったサイクルリキシャー(貧乏出稼ぎ人の代名詞のような乗り物です)の商売が下手そうなオジサンに、相場をガン無視した額を渡したときのホクホクしたお顔。こういう顔見ると嬉しくないです?

現ナマとはそういう風に使うものです。

渡すときのルール

チップを渡すタイミングが難しい……とよく言われます。慣れもありますけど、用事が済んだら即刻サッと手に握らせる、がよいと思います。私はチップ用の小額紙幣はいつもサッと出るように準備しています。

お財布を開いて、えーとお札はあるかな? などとやっているのはカッコつかないし、人の目に触れる時間が長いほど「あのマダムに取り入ればチップがもらえる」というナメた考えを持つ人もいて、用もないのに部屋に御用聞きに来たりし始めるので。

最近はもう聞かないけれど、昔は実際そういうウザい御用聞きが数時間おきに部屋をノックする……などという時代もありました。もちろん「用があればこっちから呼ぶからもう来ないで!」とピシャっと言わないといけません。

ルールとしては、直接その人に、そして個別にそれぞれ渡すこと。

よく聞かれる「枕銭」は、誰がどのように見つけて持っていくか分からないのでおきません。おそらくその習慣もないので皆様も不要だと思います。なにかのメンテが必要だとか、業務範囲以上のことをハウスキーパーに頼みたいのであれば、朝食に出かける際などに廊下に客室清掃用のワゴンを押しているスタッフがいるので、部屋番号を伝えて握らせます。

また複数スタッフに大きなお札を一枚渡してみんなで分けてねというのは裏で揉めるので、同じタイミングで並列のスタッフに渡すときは同額をそれぞれ渡します。札が人数分ないときは申し訳ないけど渡さない。ここでも"Fair"(公平)であることが大事と思います。

あと大事なポイントとしては、このような少額チップは、自ら手足を動かしている人に対してのみ渡している点です。レセプショニストやコンシェルジュなど頭脳労働系の人たちは、ポーターやハウスキーピングよりもはるかに格上の職種で給与も上。それなりの教育も受けています。

こういう人たちには援助交際的にカネの力で便宜を図ってもらうのではなく、職務内できっちり仕事をしてもらいたいというか、もうちょっとレベルの高いところで対等の目線でお付き合いしたいので、チップは渡しません。

ガイドへのチップ

個人手配の旅などで同行ガイドや観光地のスポットガイドがよくいうのが「チップください。でも気持ちなのでいくらでもいい」という口上。チップの習慣がない日本人には難易度の高い話ですよね。少なかったら申し訳ないし、多すぎてもどうなんだろう、と考え込んでしまった方からよく相談されます。

その場限りのスポットガイドについては、正規のガイドであれば規定の料金や相場があるはずなので、基本的にはそれを払えばチップは不要。最初に料金を確認してください。明記された料金がなかったり、自称ガイドで勝手についてきてあとから「チップくれ」という人は、最後に揉めるに決まってるので最初から寄せ付けないのが得策です。

同行ガイドについては、彼らは給与なり日当なりで基本給は支払われているので、これも本来は不要です。ただ基本給がひじょうに安いので、成果報酬として客からのチップや土産物屋からのキックバックをアテにしているのは事実です。この点についてはいつか書きます。

ちなみに現在一番信頼しているガイド氏には日当より高いチップを渡しています。が、去年出くわした高学歴しか取り柄がないポンコツガイドには10ルピー(15円程度)札を渡しました。もちろん嫌味です。プライドずたずたになったと思います。カレーで顔洗って出直してきてほしい。

土産物屋は時代遅れ

『使う人使われる人: インド人の力学』で、よくある大手旅行代理店さんのツアーで土産物屋に連れていかれる……という話を書きました。お客様が買い物に使った額の何パーセントかが、連れて行ったガイドやドライバーにキックバックされるという仕組みです。

なにもインドだけではなく世界中の観光地で行われていることですし、ガイドの独断で連れていくこともあれば、そもそも料金が安いツアーは最初から「土産物屋巡り」が組み込まれているがゆえの料金設定なわけで、それがお客様のニーズに合っているならばそれはそれで済む話。

ただインドの場合、こういう土産物屋に私が個人的にほしいものがあるかというと、答えはノー。象の置物とか、タージマハルのキーホルダーとか、数珠とか、いつ着るか分からないサリーとか、作りの荒い民芸品とか、いります? 私はいらない。

モノを買うということが必要なものを必要なときに補充するという行為だった時代には、日用品や実用品ではない、旅行者向けの商品が用意されたこの手の土産物屋もニーズがあったかもしれません。

しかしいまや都市部にはショッピングモールが次々できている時代。購買力のある中間層以上をターゲットに「生活必需品の補充とは違う、エンターテイメントとしての買い物」という概念が育ちつつあります。

つまりわざわざ観光客向けに作られたわけではないモノも溢れている時代で、お客様にとっては、そういうもののほうがより魅力的だったりもするわけです。

私のツアーではインドブランドの女性向けインド服のお店を何軒か回ります。装飾過多で着る機会がない民族衣装のサリーなどより、日本の日常でも着られるような現代的なインド服の人気がとても高いです。

価値ある商品とは

昨年のあるツアーで、ツアー専用車のドライバーがどうしても知り合いの土産物屋に寄りたいと言いだし、「このお客様たちがほしいものはなにもないと思うよ」と説得してもどうにも収まらず、お客様に事情をお話しして立ち寄ったことがあります。

「なにも買わなくていいから行くだけ行ってくれ。立ち寄るだけでも紹介料がもらえるから」と。

高くてショボくてダサい商品ばかりで、ネタとしてですらほしいものがなにもない。あるいはブロンズ象や大理石細工のように、広い家があるアメリカ人などは喜ぶかもしれないけど日本人にはまったくアピールしない高額商品ばかり。

こういう店は北部のカシミール地方の商人が経営しており、テロや紛争で揺れる彼らのお家事情を思うと心苦しいけれど、こちらも募金しに来ているわけじゃないのでほしくないなら買わないですよね。

5分で出てきました。

「お客様たちは別にマハラジャじゃない。黙っててもおカネが入ってくるわけじゃなく、彼女たちもあなたと同じように日々働き、稼いで、とれない休みをなんとか捻出して、それでインドに来ている」

ガイドにも聞かせたかったので、ガイドを通じて、そんなことをとくとくとドライバーに話しました。そもそも教育が受けられないとか働き口がないという人たちには、働いておカネを稼げることそのものがラッキーなことではあるけれど、この点だけはどうしても伝えないといけないと。

「行きたくもない場所に連れていってお客様の大切な時間を奪い、それでカシミール人にへこへこしながらケチな紹介料を稼ぐより、お客様が求めるものを提供してハッピーになってもらい、それで私からチップを受け取るほうがよくない?」

ドライバー氏には彼の世界があり、付き合い上、土産物屋と顔をつないでおくことも必要なんでしょう。だから別のツアーが来たら彼はまた同じことをすると思うけれど、私と仕事するときにはそれはNGと納得してくれました。

彼には土産物屋の紹介料の数倍のチップを渡しました。

現ナマとはそういう風に使うものです(2度目)。

ちなみにカシミール人の店では「なにがほしい? これはどうだ、あれはどうだ?」とウザいセールストークに捕まりそうだったので。

「ほしいものはない。ここにある商品は全部時代遅れ。こういう商品を置いてくれたらお客様を連れてくるから、よろしくね。平和になったらカシミールにも絶対行く」

という演説を手短にしてました。あっちこっちでなにしてるんだろう私(笑)

すっごい疲れるし、たぶん全体から見れば意味はない。それでもやらずにはいられない。どんな変革も目の前の人を説得することから……だといいな。

ちなみに象の置物みたいなベタなインド土産は最後に空港で買えます(笑)。

カネの話をすると、賄賂のことも書きたくなるのですがまた長くなってしまったので次回。




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