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無麻酔歯石除去をおすすめしない理由

・うちの子そろそろお年だし、麻酔かけて歯科処置をするのは怖いな。
・無麻酔歯石除去って、最近流行ってるけどどうなんだろ?
という飼い主様に向けた記事です。

結論からいくと、無麻酔歯石除去術はおすすめしません
多くの獣医師が同意見であると考えています。

この記事では、無麻酔歯石除去術がおすすめできない理由を、獣医師の立場から解説したいと思います。

歯周病ってどんな病気?

まずは歯周病という病気がどんな疾患か知るところからです。

歯周病とは
歯を支える歯周組織(歯根膜、歯槽骨、歯肉、セメント質)が、破壊・吸収されることが歯を失う進行性の炎症性疾患。

発症要因は歯垢(プラーク)。いわゆる歯の表面のヌメッとした汚れです。
プラークのなかには、歯周病を起こす病原細菌が多く存在し、この細菌感染とそれに対する炎症反応が歯の周辺組織を破壊していきます。

少し難しかったかもしれませんが、要するに、

  1. ごはんの食べかすなどの汚れを口の中の細菌が食べて歯の表面で増殖し、

  2. そこで炎症が起き、

  3. 歯茎の下へ下へとどんどん組織が破壊され、

  4. しまいには歯の根元の骨を解かしてしまう

という、恐ろしい病気です。

一般的に小型犬(特にダックスやプードル等)で多く、重症化しやすいです。

根本治療は歯周ポケット内をきれいにお掃除すること。一般的には、動物病院で全身麻酔をかけて、超音波の機械を使って歯石を丁寧に取り除いていきます。

また、根本が腐ってしまっている歯は、抜歯します。放っておいてもよいことがないからです。歯周病菌増殖の足場となり、鼻と口の空間にトンネルを形成して慢性鼻炎を引き起こしたり、皮膚に穴が開いて膿が出てきたり、最悪の場合、血流に乗って全身の臓器に歯周病菌が飛び火し、臓器障害を起こします。

無麻酔歯石除去をオススメしない理由

危険だから

一番の理由は無麻酔歯石除去の危険性です。
歯石を取るには、動く動物を押さえつけて処置することになります。
普通に考えて危険過ぎます。

特に歯石が重度に沈着した状態の歯って、歯の根元の方で激しい炎症が常に起きている状態なので、結構痛みを生じることが多いです。

その状態の歯から歯石だけ剥ぎ取ろうとするなんて、一体どんなふうに動物を扱っているのだろうと思うと、ゾッとします。

しかも、重度の歯周病の犬は顎の骨が溶けるんでしたよね。
顎の骨が溶けつづけた結果、最終的には骨折を起こすことがあります。
これを病的骨折といいます。

骨折していても気づかないのは、悪い歯とその周囲の歯石が、折れた骨同士をつなぎとめているから。

そのつなぎ目の歯石を無麻酔で無理に取れば、当然のことながら顎の骨はポッキリいきます。

最悪の場合、顎がプランプランになってしまって、口から食べることが難しくなります。

「こんな恐ろしいこと、よくできるな。」
というのが、率直な感想です。

意味が無いから

歯周病のしくみをおさらいしてみましょう。

最初は歯と歯肉の境目に入り込んだ汚れを細菌が食べて歯垢が付き、歯肉組織を破壊しながら下へ下へと炎症が広がっていくんでしたね。

つまり、歯周病の最前線は見えていない歯肉の奥深くにあるということ。

実は、麻酔下で動物病院で行う超音波歯石除去術というのは、ただ「歯石を除去して終わり!」という単純なものではないのです。

正確に施術の内容を解説しますと、以下のような手順になります。

1.レントゲン検査で歯根部を確認
歯の根元でどれくらい歯槽骨(歯が植わっている骨)が溶けているかを確認し、抜歯すべき歯と温存できる歯を選別する。

2.麻酔導入
歯石は病原細菌の塊。これが喉の中に入って誤嚥すると誤嚥性肺炎を起こすので、気管チューブという管を喉に挿入し誤嚥を防ぎます。
麻酔薬と同時に、抗生剤、痛み止め、抜歯する場合は止血剤等を投与し、感染や疼痛コントロールに万全に備えます。

3.軽くスケーリング
スケーリングというのが超音波歯石除去術です。
専用の機械を使ってカチカチになった歯石を取り除いていきます。
物理的に強引に削ると歯のエナメル質を傷つけることになるので、超音波の出るスケーラーという機械で歯石を解かしながら取り除くイメージです。

4.抜歯
レントゲン検査で抜歯すべきと判断した歯は慎重に抜歯します。
抜歯する理由はひとえに感染源を除去するためです。
すでに歯根の奥深くに感染が到達し、骨が溶けるほど炎症が重度である場合、もはや歯を温存しつつ歯根の感染巣をキレイに掃除することは不可能です。そういった歯は抜歯しないことには歯周病が治りませんから、抜歯するしかないのです。
周辺の歯石を除去しただけで歯がポロッと取れてしまうことさえあります。
そんな歯は根本で腐っているようなものですから、置いておくなんて論外なのです。一番のお目当ては根本の感染が起きている場所をクリーンにすること。
歯石を取り除くことが目的ではないのです。

5.抜歯した後を縫合
抜いた歯の部分には空間ができます。
中には、上の顎の骨が溶けて鼻腔まで穴が空いてしまっていることもあります(口腔鼻腔瘻)。
よく洗浄したのち吸収糸を使って丁寧に縫合していきます。

6.本格スケーリング
温存する歯は本格的にスケーリングし、歯石をすべて取り除いていきます。
歯石自体が悪さするわけではないのですが、歯石の表面はざらざらとしていて新たに歯垢が付きやすいのです。
つまり、歯石が残るということは、新たな感染巣ができる温床を作ってしまうということです。
歯肉に覆われて隠れている歯の表面も含めて、スケーラーで歯石をすべて除去していきます。

7.研磨
スケーラーで歯石を除去した歯というのは、表面がザラザラしていてこれも歯垢が付きやすい上瀧になっています。
これを機械で研磨して表面をツルツルに仕上げます。

8.抗生剤を塗布
歯肉の縁に抗生剤を塗布します。
この抗生剤は歯周病の原因菌に良く効いてくれる種類のもので、比較的長期間に渡って残り効果を発揮します。

9.覚醒
麻酔から覚醒させます。

以上が一般的な歯科処置の流れです。

これを読んで、「なんだか工程が多いな。」と感じていただけるでしょうか。

無麻酔歯科処置でできるのは、上記の処置のうち「歯石除去」の部分だけです。

でも、実は一番重要な工程はそこではなく、「感染巣の除去」です。

すなわち、歯茎の奥で今一番活発に炎症が起きている場所をキレイにすること。これが最大の目的なわけです。

そのために

  • 駄目になった歯を抜歯したり

  • 歯肉の見えない部分についた歯垢や歯石を取り除いて

  • 洗浄したり

  • 抗生剤を入れたり

色々な処置をするわけです。

これ、麻酔かけないとできないんですよ。

表面の歯石が取れて喜んでいる場合では無いのです。一番炎症がひどくて処置が必要なのは見えている歯石ではなく、見えていない部分なのです。

見た目だけキレイになるための無麻酔歯石除去には、全くもって治療効果はありません。

歯周病は命に関わる病気です。舐めずにきちんとした処置をする必要があります。

トラウマを植え付けるから

無麻酔で押さえつけられて、抵抗する手段もなく口の中で痛いことをされる。

犬にとっては恐怖でしかありません。当たり前ですが、トラウマになります。

歯周病治療は、施術後のお家での手入れが重要です。

口の中をクリーンにしたあと、飼い主様には歯磨き指導をします。

研磨によって表面をツルツルにし、歯垢が付きにくくはしていますが、歯磨きをサボれば、また同じことの繰り返しです。

つまり、歯を触らせてくれることが大前提。

無麻酔歯石除去なんかした日には、歯どころか口も触らせてくれなくなる可能性大です。犬との信頼関係を失うわけです。

歯周病の進行を隠してしまうから

歯周病の重症度って、どこで判断するかわかりますか?
歯石の量ではありません。
歯根部の炎症の度合いと、歯肉炎の度合いです。

特に「顎の骨の溶け具合」は重要な指標となります。

とはいえ、歯石の沈着と歯周病の進行は基本的には同時並行で進んでいきますから、我々獣医師も普段の診察では歯石の沈着度合いで歯周病の判断をすることが多いです。

それを、いつの間にか無麻酔で歯石除去されていた場合、重度の歯周病があるのに気づいてもらえない可能性があります。

無麻酔歯石除去でアプローチできるのは、見えている部分の歯石のみ。
これを取り除いて、

やった!きれいな白い歯が戻ってきた!
これでしばらく歯は大丈夫そう!

と感じてしまうかもしれませんが、歯周病自体は全く良くなりません。

気づかずに放置して歯周病が進行し、

  • いつの間にか顎の骨が折れたり、

  • 唇の皮膚に穴が空いて膿がでてきたり、

  • くしゃみが止まらなくなったり、

  • 敗血症に陥ってぐったりしてしまったり、

というのは、全然ありえる話です。

獣医療行為だから

歯石除去術は立派な獣医療行為。
これを獣医師免許を持たない一般人が実施しているわけですから、実は法律的にかなりグレーゾーンです。

一応無麻酔歯科処置の資格が存在するらしいのですが、信用に足る資格ではありません。

人だと歯科衛生士さんが歯石除去をすることが認められていますが、それは歯科衛生士法という法律で認められていますから当然合法です。

動物看護師の歯石除去も、法律上は認められていません。

まとめ:無麻酔歯石除去術は危険、意味無し!

上記の内容をまとめると、

無麻酔歯石除去術をやることのメリットは

  • 無麻酔で見た目がキレイになること

無麻酔歯石除去をやるデメリットは

  • 犬とっては拷問

  • リスキー

  • 歯周病はちっとも良くならない

  • 歯周病の進行をマスクしてしまう

  • 法律に触れる可能性

すなわち、「犬に無麻酔で美容整形を施すような処置」ということです。

獣医師として、まったくおすすめできたものではありません。

迷っている方がいらっしゃったら、ぜひとも他の獣医師の意見も参考にしていただき、多角的な角度から情報収集し、慎重に判断していただければと思います。

どうしても麻酔をかけられない事情があって、歯周病対策を施したい場合には、動物病院を頼ってください。

お家でできるデンタルケアの方法は以下の記事も参考にしてください。


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