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わたしのバズ。

生姜をする香りがキッチンに広がる。嗚呼、そういえば《彼》も昔、こんな香りのタバコを吸っていたっけ。 レモンの香りがする度に、《彼》が愛しているよと伝えた女の数だけ私のスマホに嫌がらせの無言電話がかかってくる事を思い出した。

記憶に蓋をしたくても、ふとした香りや音で心の奥底に沈めた何かが浮いてくることがある。まるで、空気を入れたビニール袋みたいに。石を括り付けて無理矢理沈めても、やがてしおしおになって浮いてくるのだ。まるで浜辺に打ち上げられた海月みたいに。心理学用語的には、それをトラウマとかフラッシュバックというらしい。

私には子宮がない。
年齢を重ねるにつれて《彼》の言葉が「きっと今まで他人の為に頑張りすぎたから、自分の為に時間を使いなさいって神様がくれたプレゼントだよ」から「便利」に変わって、やがて「子育てもしていないのに、みてくれだけ年老いて変わっていくの、恐怖よw」と笑われた時、私の中で何かが崩れかけた気がした。

その、泥の城の様な感情を必死に両手ですくって、すくって、すくって。跡形もなく原型を留めていられなくなった残像の砂浜を、私は踏み締めて歩く。 時折、嗚咽しながら。

泥の城を崩しては積み上げていた年月の中で、TOYと出逢ったのは、日本がワールドカップに沸いていた頃だったと思う。 ハワイのマウイ島でアワプヒのレイをかけてくれたTOYと出逢って、生姜の香りもレモンの香りも優しいものに上書きされた。初めてトーイとしたキスはレモンのハチミツ漬けのようなキスだった。

トーイは両足がない。
交通事故で失ってしまったのだ。たまに彼の特徴を揶揄う人や嗜虐的な好奇心で彼に近づいてくる人もいたが、彼は明るかった。彼は傷つけば傷つくほど笑った。

トーイという名前は両親がつけたものだと言う。「お前はガラクタのようなものだ」と名付けた両親に対して怒りが湧かなかったのか彼に尋ねた。彼は笑った。 「僕はトイ・ストーリーが大好きでね。バズみたいになりたいって思ったんだ。手にした人が勇気と笑顔を絶やさないような。そんなTOYになれたら本望だよ」

彼の棺には、今もバズが眠っている。 毎月、沢山の花が友人たちから届く。 私のバズ。永遠に。

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