見出し画像

多発性神経線維腫(頚椎腫瘍 8)

「ちょっと失礼しますよ」
 そう言ってN先生が私の左腕を軽く触った瞬間、思わず悲鳴をあげてしまった。
 そこにはガングリオン(だと思い込んでいたもの)ができていて、不用意に触ったり触られたりすると痛かった。

 1999年の秋、何気なく左腕を撫でていて、腕の中にパチンコ玉ぐらいのグリグリが出来ているのをみつけた。痛くもなんともないし、腕を見てもわからないが、触ると確かにある。
 当時のかかりつけの内科医に聞いたら、「ガングリオンじゃないの?」と言われた。
 注射針で中の水を抜くのが一般的な治療法だが、抜いてもまた水が溜まるから押してつぶした方がいいと言われ、痛いのを我慢して押していた。

 ガングリオンはつぶれずに、そのうちだんだん大きくなって、腕の皮膚の上に盛り上がってきた。
 ときどき何もしていないのに痛むことがあるのは、きっと周りの神経がガングリオンに押されているのだろう。

 入院してからは、点滴や採血の針を刺したり血圧を計ったりするとき、いちいち看護師さんに、そこに触らないように気をつけてと頼んでいた。

「これも同じものだと思います」
 と、N先生は言った。
「腫瘍ですか?」
「そうです。多発性神経線維腫といって、ま、名前はどうでもいいですが、こういうものが体中にたくさんできるんです」

 考えてみれば、これまでに取ったものも含めて、喉の神経鞘腫、頚椎の腫瘍、小脳の腫瘍、脊髄にできている小さい腫瘍、それに、ガングリオンだと思っていた腕の腫瘍と、計5つもできていた。
 多発性ということは、これから先もまたどこかに腫瘍ができるかも、ということではないか。
 いや、もしかしたら、まだ見つかっていないだけで、体のどこかにもっとできているかも知れない。(実は、この悪い予感は当たっていた)

 ふと、初回受診時に中井先生から、「上の方にもっといっぱいある」と言われたのを思い出した。あのときは、「もっといっぱいだなんて、まさか」と思ったのだが……。

 N先生は「多発性神経線維腫」と言い、「名前はどうでもいいですが」と付け加えたが、初めて耳にする「神経線維腫」という名前が印象に残っていた。
 退院してから調べたところ、東京都の難病医療費等助成制度の対象になっている疾病に「神経線維腫症」があった。

 私の腫瘍が「神経線維腫」なら申請してみようと思って書類を取り寄せたが、病院の書類に書かれた病名(N先生が書いた)は「神経鞘腫」になっていた。
 だったら、どうして「神経線維腫」と言ったのだろう? 退院後はN先生に聞くチャンスがなかったので中井先生に聞いてみたら、おそらく病理の報告書にそう書いてあったのだろうとのこと。

「神経鞘腫」と「神経線維腫」の違いはなんだろう? 
 中井先生にたずねたら、「『神経鞘腫』も『神経線維腫』も中身は同じものだが、できているところが違い、『神経鞘腫』は神経の鞘にでき、『神経線維腫』は神経線維にできる」という単純明解な答えが返ってきた。

 どうやら私が誤解していたようなのだが(そして、未だにちゃんと理解しているかどうか心もとないのだが)、「神経線維腫症」というのは、「神経線維腫」や「神経鞘腫」や「髄膜腫」がたくさんできる病気の名前らしい。
 2分の1の確率で遺伝する病気で、おもに皮膚や聴神経に異常をきたし、その他の中枢神経にも異常があらわれたり、骨格が変型することもあるとか。

 私の場合は両親はもちろん、どちらの家系にも腫瘍がたくさんできた人はいないから、遺伝ではなく私個人の体質のようだ。
「神経線維腫症」特有のカフェオレ班(褐色のしみ)もないし、聴神経腫瘍もない。
 専門的には他にもいくつか判断の基準があるようだが、「神経鞘腫」がたくさんあっても、難病医療費等助成対象疾病に認定される「神経線維腫症」には当てはまらないのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?