見出し画像

入院初日(頚椎腫瘍 1)

 2004年11月16日、午前10時前に九段坂病院に着くように家を出た。いつの間にか右手に力が入らなくなっていて、出がけに玄関のドアノブを回すことができず、あやうく部屋に缶詰めになるところだった。
 11月に入って杖をつくようになっていたが、九段下の駅から前の週には歩いて登れた坂道が、もう自力で登っていくことはできなくなっていた。病院の玄関までほんの数分の距離を、タクシーに乗って行くよりほかなかった。(当時、九段坂病院は靖国通りの坂の上にあった)

 受付を済ませ、3階の整形外科病棟に上がっていくと、前日に宅配便で送った荷物が届いていた。杖をはずして歩行器の使い方を教えてもらい、パジャマに着替えて荷物をロッカーに片付ける。
 この日は主治医の診察と、レントゲン、心電図、心肺機能の検査があった。
 患者の多くは中井先生を頼って入院しているが、手術のときの執刀医は中井先生でも、入院中のケアをする先生は患者ごとに決まっていて、おもに若手の先生が担当するらしい。私の主治医はN先生だと告げられた。

 主治医の診察があるから5階へ行くようにと言われて上がっていくと、廊下の向こうからN先生がやってきた。背が高く、ヘアスタイルのせいもあって、お医者さんというよりアスリートといった感じ。
 検査のためのさまざまな道具が雑然と置いてある狭い部屋で診察が始まった。

 まず問診があり、それから診察台に寝て、脚と腕の筋力を調べられた。先生が私の足の裏を押して、私が先生の手を押し返す。左足は痛みはあっても押し返せたが、右足は押されるままにくにゃっと膝が曲がってしまった。

 つぎに、爪楊枝で脚を突っ突いて痛さの程度を調べる検査。これはO病院の神経内科でもされた。
 左脚の腿から足の裏まであちこち突っ突かれて、脚の内側と外側では感じ方が違うかどうか、帯状に感覚がなくなっているかどうかを聞かれたが、よくわからなかった。
「ここと、ここと、どっちが痛いですか?」
 N先生にもそう聞かれたので、どっちが痛いか考えていた。
「考えないで、瞬間的に感じたことを答えてください」
「痛いです」
「じゃ、こっちは?」
「痛いです」
「さっきと同じくらい? どっちの方が痛いですか?」
 微妙だなぁ……。
 あちこち突っ突かれているうちにますますわからなくなってきて、
「さっきの方がちょっと痛いかも」
 などといい加減な返事をしてしまった。

 それから、太い刷毛でお腹を撫でる検査もあった。
 だいぶ前、友人のPちゃんが、腱鞘炎で病院へ行ったら刷毛で腕を撫でて「感じますか?」と聞かれ、「感じる」と答えたら「腱鞘炎じゃない」と言われたと憤慨していたことがある。
「そんなの感じるに決まっているじゃないねぇ? 感じなかったらおかしいわよ」
 と言うので、私も同調して、
「感じない人なんているのかしら?」
 などと言ったものだ。

 ところが、このときはお腹を撫でられても何も感じなかったらしい。「らしい」というのは、自分では覚えていないからだ。退院前に同じ検査をされたときはくすぐったくてたまらず、ゲラゲラ笑ってしまった。そのとき先生から、「前は何も感じないって言ってましたね」と言われたのだった。
 足のしびれはお尻の方まで上がってきていたが、刷毛でお腹を撫でられても何も感じないとは、よほど重症だったのだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?