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フィラデルフィアカラー(頚椎腫瘍 12)

 カラーをつけたまま寝ると首が痛いので、寝るときはカラーをはずしていた。カラーははめるのもはずすのも、仰向けに寝た状態でしなければならない。

カラーのはずし方
1. カラーをはめたまま仰向けに寝て、マジックテープをはがしてカラーの前半分を取る。
2. 取った前半分をもう一度首にあてがって、あご受けにあごを乗せて押さえたまま体ごと横を向く。
3. 手を後ろに回してカラーの後ろ半分を首からはずす。
4. カラーの前半分をあごにしっかり押しつけたまま、体を仰向けに戻す。
5. カラーの前の部分を首から離す。

 こうして首からカラーがはずれている状態では、仰向け以外の体勢をとってはいけない。横向きに寝るのもだめ。
 カラーをはめるときは、上の手順の逆からやっていく。

 眠っている間に頭が横を向かないように、頭の両側には5キロの砂袋が置いてあった。
 砂袋は3キロと2キロの2つが積み重ねてあり、カラーのつけはずしで横を向く際には、低くするために、上に乗せてある2キロの砂袋を向こうへ押しやって3キロの袋からおろす。
 カラーをはずしたら、下におろした2キロの砂袋を、片手で3キロの袋の上に引っ張り上げておく。

 普通の人にとっては大したことに思われないかもしれないが、やせて筋肉が落ちてしまった腕でこれをするのは大変だった。
 私は手術の後食べられなかったので、腕の皮膚がちりめんジワになるくらいやせてしまい、2キロの砂袋を片手で引っ張りあげることができなかった。

 カラーをつけるのも、最初のうちは看護師さんにやってもらった。
 夜中にトイレに行って戻るたびに、ナースコールで看護師さんを呼んでカラーをはめてもらい、砂袋を元通り上に乗せてもらっていた。

 一応決まりだから守っていたが、上の2キロの砂袋はなくても大丈夫なのだ。
 実は、私には身動きしないで眠るという特技がある。まるで棺の中のミイラのように、仰向けに寝たら寝たままの姿勢で目が覚める。
 だからカラーをはずして寝ることには何の不安もなく、痛みを回避するにはその方が良かった。

 茅ヶ崎夫人は手術以来カラーをつけたままで、寝るときもつけっぱなしだから、起きようと思えばさっと起きられたが、よく我慢できるものだと思っていた。
「そりゃ、傷だから痛いわよ。だけど、私たちの年代は、痛くてもなんでも我慢するように育てられてきたの。今の人たちとは違うのよ」
 と、憎らしいことを言う。

 確かO先生だったと思うが(回診に来る先生方の顔と名前がまだ一致しなかったのでうろ覚えなのだが)、私が痛いからカラーをはずして寝ていると言ったら、「痛みを我慢しない方がいい」と言ってくれた。
「痛いのを我慢していると、刺激を強く感じるようになって、次はちょっと痛いだけでも、もっと痛いと感じるようになる」と。

 茅ヶ崎夫人は狭搾症(脊髄の神経の通っている管がつぶれて狭くなる病気)だから、私のように硬膜も切っていないし、骨をつないでワイヤーで留めてもいない。
 茅ヶ崎夫人は6週間たったらカラーをはずせると言われていたが、私はつないだ骨がくっつくまで、3〜4カ月もカラーをはめていなくてはならない。
 要するに、茅ヶ崎夫人は私ほど傷が深くないのだろう。

 そう言い返すと、
「主人が、お前はチョロチョロ動くからずっとはめてろって、ぎゅっと締めてくれたの」
 と、さも満足そうに言う。
 おやおや、今度はノロケですか。参ったね。

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