0424_私の五月
雨だった。
桜の木も、すでに花びらよりも緑の葉の方が多い。昨日今日のこの長雨で花びらは散り、緑の葉はより濃く艷やかになるのだろう。
「五月になったらね」
彼はうっすらと笑う。それは確かに春の暖かな微笑みではなく、どこか時々の冷たさがある。私は彼に詰め寄った。
「そんなの、全然待てないよ」
大きな声を密やかに、彼に言う。彼は私の耳元にそのキレイな唇を寄せて答える。
「今、こうして君のために時間をとっているじゃない」
熱い吐息が私の耳たぶを揺らし、それは首筋に向かう。彼がそこにいる。
「たまたま、私を見かけただけでしょう」
「たまたまであっても、声を掛けたのは僕の意思だよ」
私の肩にもたれたまま、指を絡ませる。私の人差し指を彼の人差し指がなぞる。私の小指を爪で小さくひっかく。薬指のその輪郭を丁寧になぞる。中指の内側から手のひら、親指までを優しく、それでいて力を込めて辿る。私はいつも彼の指に遊ばれる。
「いつ、私のものになってくれるの」
たまらず私が言うと、夢が終わる。スッパリとそれが何もなかったようにして、終わる。彼の指たちは、跡形もなく私から離れた。
「あっ」
失言だったと気付いても遅いのだった。彼は誰のものでもなく、けれど誰かのものなのだ。
『担当月制彼女』
3年前に私はその約束で彼と付き合うことにした。そして、私は五月が担当月である。つまり、ちゃんと彼女として会えるのは年に1度、一ヶ月だけ、私はそれが五月。その他の月にはそれぞれに月担当彼女がいる。自分の担当月以外では彼に接触をしてはならないルール。ただし、彼からの接触はノーカウントとなる。
だから、たまたま会えて彼から声をかけてもらえた今日の私は最高に運がいい。
でも、五月まであと少しと言うこのタイミングで会ってしまうと、もうどうにも我慢ができなくなってしまう。
「僕は、君のものにはなれないよ。ごめんね」
絶対に申し訳なくなど思ってもいないくせに、彼は眉尻を下げて私にごめんねと言った。
そして、背を向けた。
私はただただ、五月になればと祈って見送るだけだった。小さくなる背中を、涙が出ることもなく見つめた。
五月になれば桜は、きっと艷やかに緑を咲かすだろう。
五月になれば私は。
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