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0102_やもり


 ヤモリがなかなか姿を見せないのだ。そんなに寒い日でもないのに、ずっと隠れ家に引きこもっていて、陽の目どころか私の目にすら当たらない。弱っているのだろうか。私に、何かできることはないかと思案してみる。
 もう何度目かで隠れ家を覗くと、薄いグレーのまだら尻尾が見えた。彼の尻尾だ。じーっと見つめているとわずかに揺れたので、ああ、生きてはいるのだなぁと安心した。だがしかしいっこうに姿は見せてくれない。
 果たして、本当にヤモリなのだろうか。生きている死んでいるのその前に、私が見たこの尻尾は本当に彼のそれだろうか。
 もう一度思い返してみるが、グレーのまだら模様であった。くるりとした細く先の丸っこい尾のそれが小さな隠れ家の入り口から一部分見えていた。体は暗がりの奥の方に向けているがその全体像が透けて見えている。ヤモリはちゃんとここにいるのだ。
 その、はずである。
 顔が見えていないので果たして本当にそれがやもりなのかはわからない。
 やもりでなければ何があるだろう。とかげ?いもり?かなへびとか?いやいや、尻尾の長さや模様の感じで言えばそれらではない。私のやもりはその上、小さい。他の爬虫類とは見間違うことはない。
 じゃあ、同じ種類のべつのやもりだったらどうだろう。
 私は分かるだろうか。丸々とした小さな黒い粒の輝く瞳の2つで、切り絵のほんの一瞬の間で切れてしまうような小さな小さな手や足で、それを見て、私の愛するあのやもりであると分かるだろうか。いや、私が愛するあのやもりなのだから、そりゃわかるはずだ。今にでも、こうしている間にも、ひょこりと隠れ家から顔を出そうものならもうそれはすぐに。
「あっ」
 ぴょこっと顔が出た。
 その顔はいかにも愛らしく、どうしたの?とでも言い出しそうに私をうかがうのだった。どうしたのというか、私は君が心配で心配で、その上愛しい君が何か知らないやもりになんかとりかわっていたらどうしようとそれはもうもう。
 と、色々と頭に浮かべたけれどもういいぜ。
 かわいいこの子がかわいい目をしてここにいるから、それでいい。それが誰であっても、それでいい。

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★著者:あにぃ
★20240102

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