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0314_私はここですよ

 いつもよりも随分と早い保育園へのお迎えだった。ちょうど外遊びが終わって、教室に戻るのに整列しているところに零がいた。ざわざわと20人弱の5歳児たちが集まる中、私には彼が輝いて見えていた。園の入り口からその光景を目を細めて見ながら、私はゆっくりと彼らに向かって歩く。やがて、同じクラスの子供が私に気づく。
「あ!零のお母さんだ」
 するとそれに続いて別の子供も声を出す。
「零!お迎えだよ」
 本人もその場にいるからわざわざ教えなくても分かるだろうに、何人かが彼に声を掛けてくれたのだった。ところが、当の本人はなぜか気づいていなかったようで、子供らの声掛けでやっと気づいたらしい。下を向いていた顔を、ぱっとあげて私がいるだろう前方に視線を合わせて、私を捉えた。その顔を見て、私はがっしりと心臓を掴まれた。零のその顔。それはもう、大変に誇らしい顔をしていたのだった。お母さんともおかえりなどとも声を出さず、ただ顔をあげて私に向け、左手をあげて「やあ」とでも言う形で私を見ていた。
 『僕の母親がこの中で唯一お迎えに来たのだ』とでも思っているのかもしれない。もしくは例えば『こんなにまだ明るい時間に母親が迎えに来た僕』とか思っているのかもしれない。
 いずれにしても、だ。
『私はここですよ。さあさあ迎えに来てくださいな』と、なんとも言えない妙に自信に満ちた表情が、私には堪らなく愛おしかった。
 いつもは、残り何人だろうかと数えられるほどに減った教室に迎えにいく私。それでも嬉しそうに迎えてくれる零。
 夕陽がまだある時間に迎えにいったなら、私は彼のこんなに愛おしい顔を見ることができるのかと思うと、もう我慢ができなかった。
 明日から、私は定時に帰ります。

 私にとっては仕事より、いつだって彼の早めのお迎えが急務なのです。私はそう思いながら無性に自信に満ちた誇らしい顔をした。

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