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 考えすぎだと、吉崎に言われた。
 私を含むこの世の人々全員、なにかしらの生きる意味があると思うと私が言ったからだけれど、吉崎はそれをまず真剣に聞いてくれていた。でも、やっぱり考えすぎだと、もうすでに何人かに言われた言葉をくれたのだった。
 そうして、吉崎は今、私の隣を立ち上がり、この場を離れた。

 そういえば、私がなにかを言うとき、彼は確かによく困った顔をしている。『そんなことを言われても』とか『そんな当たり前のことをこの年で今さら文句垂れているのか』とか、どちらかと言えば呆れているような感じがある。言われたことはないけれど。

 それでも私は止められないのだった。
 生きる意味があって、ほとんど皆がそれを達成させるべく生きている。目標がない人もいずれ目標を見つけて日々を生きる。そうやって人は前を向いて生きているのだと、私は思う。思ってきた。けれど、今の私にはその目標の欠片も見当たらず、こんなおかしなことがあるはずがないと、近頃は憤りを感じているほどである。先週の金曜日なんかは、おまえの生きる意味はなんだと吉崎に絡んだ記憶もしっかり残っている。全く迷惑な私である。
 それでも吉崎はそばにいてくれたのだった。

 それなのに、私はずっと同じ問答を繰り返すばかりで
そりゃあ彼もいい加減怒るだろう。呆れるを通り越して、きっと私に無関心にもなっただろう。
 となりの空席が、ひどく寒い。
 孤立が孤独になったと実感してしまう。

 私は、ゆっくりもう一度自分の考えを整理してみる。周りを見渡せば、足早に駅に向かって歩く人々がいる。それらの人々の表情は明るくも暗くも見えない。私と同じく絶望を感じている人はいないようである。ほら、やっぱり目標も生きる意味もわからないのは私だけであり、さぞ私はひどい表情をしていることだろう。そう思い、近くの店のショーウィンドウに自分の顔を写してみる。

 無、である。

 明るくも、暗くもない。
 こんなに絶望的な気持ちであるのに、だ。
 そんなはずはないとウィンドウを凝視していると私に近づいてくる男が見える。
 吉崎だ。

「吉崎、私は別に不幸そうでも幸福そうでもないね」

 私が顔を背後にそういうと、ウィンドウの中の吉崎が笑った。

「そうだよ。考えすぎだっていっただろう。大体みんな生きる意味なんて分からず、ただ日々を生きている。君と僕と同じ顔をしているよ」

 私は、今この場にいて孤独でもなく孤立もしていない。
 意味がなくても私はここにいるのだった。吉崎の体温がそれを実感させる。


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